fiction.

□ここではない異国で
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嫌な予感しかしないシエルを他所に、セバスチャンは得意気に告げたあと一度部屋を出ていったかと思えば大量の資料と布がかかったマネキンを軽々と持参し舞い戻ってきた。
「なんだ…その書類とマネキンは」
また確認用の書類かと逃げ腰のシエルに、だて眼鏡をかけたセバスチャンは満面の笑みを浮かべて資料を広げ食事を終えたシエルの前に並べた。
「良いですか坊っちゃん、今では広告や試供品などの従来の宣伝のみではいくら大手の会社といえど非常に厳しい状況です。何故ならば、今の消費者は品質や価格、信頼性のみではなくさらにその会社独自の付加価値を欲しているからなのです」
「付加価値だと…?」
珍しく真面目に執事をこなすセバスチャンの話に、シエルも真面目に耳を傾けるがまだまだ安心は出来ない。何故ならばまだマネキンの正体が解らないからだ。
今だかかったままの布の下に何があるのかを確認するまでは安心できるわけがない。
「付加価値の種類としては、商品に直接おまけを添付するもの、対象商品にシールを付けて応募していただくものや、全ての商品を買わなければ手に入らない非売品などがあげられます。どの付加価値も、一般に出回っているものが手にはいるよりはその商品の購入でしか手に入らないモノの方が話題性も売れ行きも望めるようです」
「なるほど…これがその資料というわけか。しかし、非売品のバージョンを作るのもまたコストがかかるしな…」
一気に熱弁された内容についての理解は出来たものの、実際に行動に移すとなれば決断を簡単にはできるモノではない。
「えぇ、そこで私が考えたのがこちらです…非売品などは他の会社でも既におこなっていますし新鮮味はありません。ですから、ファントム社の期間限定イメージキャラクターを発案いたしました」
いよいよ布の下に隠されたモノが確認出来ると、期待と不安が入り交じった高揚感を覚えたシエルはそれに注目した。
しかし、布が床に落下した途端にその高揚感は激怒に変化する。
「なんだこれは…」
「もちろん、私が考案いたしましたファントム社のイメージキャラクター。シャルルです。基礎は駒鳥といたしまして、現在流行の淑女要素をふんだんに盛り込ませて頂きました。ツインテールよりはサラサラと風に靡く艶やかな髪を強調するためハーフテールに致します。スカートの丈は緩やかに背後に向かうにつれて長さを持たせ、正面は膝上3cmほどに調製し長く細い足を出来るだけ強調します。本来ならば足を晒すことはあまり誉められた服装ではないのですが、イメージキャラクターとは人の目を惹き、話題性を持たせるのが目的であることを考慮すればこの程度は許容範囲ではないかと…。坊っちゃん自体普段から膝上3cmでソックスとの絶対領域を披露されておりますし、あまり問題はないかと」
「ちょっと待て」
つらつらと抑揚もなく紙に書いたようなセバスチャンのプレゼンテーションをただ聞いていたが、どうしても中断しなければならない方向に進んでいくのを察知しシエルは声を上げた。
「何故そのシャルルとかいうイメージキャラクターの話に僕の話が絡んでくる。いきなり話がズレているぞ」
「いえいえ。1ミリもズレなど起きておりませんよ。シャルルを演じていただくのは坊っちゃんですので」
「はっ!?」
「私は僭越ながらシャルルのマネージャーと致しまして、普段と変わらぬ坊っちゃんへのご奉仕を」
「待て待て待て!!これ以上話を勝手に進めるな!!何故社長でもあるこの僕がそんな屈辱をわざわざ味わなければならない!」
怒りを露に勢いよく離席し衣装を指さすも、セバスチャンはまったく動じることなく再び捲し立てた。
「御言葉ですが坊っちゃん、今は社長自ら商品のプレゼンテーションを積極的に行い、メディアにも顔を出している時代です。ファントム社の社長ともあろう貴方が、自らの身分や性別、爵位までもかなぐり捨ててイメージキャラクターを勤めれば他社には到底真似できない完璧な我が社独自の宣伝効果が期待できるのです!!それに、わざわざシャルルの正体を公言する必要は御座いません。多少ミステリアスな方が興味を惹きますので」
「だからと言って」
「さらに、下手に他社を起用してもしファントム社の商品に纏わる機密漏洩でも起きれば…それこそ危機的事態となるのではありませんか?」
若ければ誘惑に流されやすいですからね、と付けたしつつセバスチャンはかけていた眼鏡を指先で得意気に持ち上げて綺麗な笑みを浮かべた。
その主張には確かに的を得ているためシエルは反論を口に出来ない。
「と、色々と述べさせて頂きましたが最終判断はやはり社長であられる坊っちゃんに委ねます。私はあくまで執事ですから」
「くっ…こうゆう時だけ白々しく。時間もない。シャルルの方の企画書と捏造の履歴書その他必要書類を全て用意し本社の企画部担当へ届けてこい」
「御意。では早速届けて参ります♪」
既に全て揃って封まで施されていた分厚い茶封筒を抱えるセバスチャンに、シエルは軽い目眩を覚えたのだった。
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