fiction.

□intention
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「貴方は今、害虫…いえ、悪魔と契約しているようですね。魂に契約印が見えます」
「!その眼鏡はよほど良いようだな」
眼鏡を上下に上げ下げしながら今の魂の状態を言い当てたウィリアムに、シエルは臆することなく笑みを浮かべ返答した。
「まったく…あんな害虫がのさばる性で我々の仕事は滞りまた残業です。それに…貴方は直ぐ契約を解除すべきです」
「ふん…余計な世話だ。こちらにもお前達同様にわけありだからな」
「我々死神派遣協会が、貴方が害虫と交わした契約内容を遂行するため協力するとしても…ですか?」
「なに…?」
突然のウィリアムからの申し出に、退室するためドアへと向かっていた足を止めシエルは再び踵を返した。
「我々が魂を査定するのは、この世界に有益となる人間の魂であるかどうかです。もし有益ならば、死は取り消され生を再び宿し天命をまっとうさせる。希に奇跡的な生還を果たし生き延びる人間がいますが、あれは我々が魂を査定し生きるに値すると判断したためです…そして貴方は、わざわざシネマティックレコードを確認する必要がないほどその魂は、いえ…生には意味がある。だからこそ我々死神派遣協会は貴方の魂を害虫の餌になるのを見過ごすわけにはいかない」
眉ひとつ動かすことなく淡々とにわかには信じがたい話を口にするウィリアムからは感情を読み取ることは困難であるが、セバスチャンとの契約の事まですんなり言い当てられればただ者ではないと認めざる得ない。
「それに…あなたと害虫の契約には歪みがある。契約する時に既に違反をしている相手を信じるのですか」
「なんだと…?」
「貴方は害虫に嘘をつかぬよう命令しているようですが、その契約の直後彼は」
ウィリアムの言葉を遮ったのは、よく磨かれたナイフだった。
「遅くなりました。お迎えにあがりましたよ坊っちゃん」
「セバスチャン…」
「これが貴方の魂にたかる害虫ですか」
頬をかすめ壁に突き刺さったナイフを一瞥してから、ウィリアムは窓から進入したセバスチャンを睨み付けた。
「初対面の相手をいきなり害虫呼ばわりとは、死神とは随分と無粋な種族なのですね。私の坊っちゃんに余計なこてを吹き込まないでいただけますか」
「セバスチャン…お前、こいつがさっき話していたことは本当なのか」
ウィリアムが言い終わるのを見計らったような登場のしかたに、シエルは眉をひそめた。もしウィリアムが言っている事が真実だとしたら、このまま契約を続けていくには問題が生じる可能性が高い。
「坊っちゃん…貴方は契約をした私より先程あったばかりの死神の言葉を信じるのですか?」
心外だと言わんばかりに眉を寄せるセバスチャンに、シエルは煙に巻くことを許さずさらに続けた。
「ならば何故あのタイミングで僕を迎えに来た…まるで僕とあの死神のやりとりを何処かで聞いていて、自分に都合が悪い事を僕に話されないように来たと取れるが」
「邪推ですよ坊っちゃん。少し遅れてしまったのは、ご婦人のお相手に少々時間がかかってしまったからです。死神の気配を感じ、これでも急いで支度を整えお迎えにあがったのですよ」
笑みを浮かべたまま話すセバスチャンからは言葉の真意は読み取ることが出来ない。裏を取ろうにも、シエルが自力で嗅ぎ回るより遥かに早くこの悪魔はどんな嘘でも誠にしてしまうだろう。
それにセバスチャンが女性といたことは先程から噎せかえるほどに匂う甘ったるい香水の薫りと、首筋に付けられた花弁で明らかであった。
「ご機嫌を損ねてしまったのでしたら、今宵はゆっくりあなたをお慰めいたしましょう。久方ぶりですから、最高の快楽の波に溺れさせて差し上げます」
腕の中にいるシエルの耳元で囁かれた甘い言葉にシエルの体温は僅かに上がり、白い耳が赤く染まった。
抱いた女では満足出来なかった時、セバスチャンはこうしてシエルを抱く。女からの移り香などもちろん気に止めないセバスチャンはシャワーを浴びることなくそのままシエルと体を重ねる。愛も感情もない。ただセバスチャンの欲を満たすだけの行為であると自分に言い聞かせるが、シエルはどうしてもその手を払いのけることが出来ないでいるのだった。
その理由は、常に側にいるセバスチャンへ仄かな恋愛の炎がジリジリと身を焦がしているからなどということを、シエル自身が気付いていない。
燻ったようにジリジリと燃え続ける炎がいつしか燃え上がり身を焼く苦しみに耐えるシエルを、上部だけの愛情を与えて育て上げるのも一興だと、シエルの中に小さな種火を植え付けた悪魔はシエルの体に自身の欲を撒き散らしながら綺麗に笑った。
そこに水をさすような真似をされたことは実に気に入らない。死神は元より仲が良い種族ではなかったが、今回はまさに厄介である。
「何とかしなければなりませんね…」
疲れはてて眠ったシエルを横目に、セバスチャンはその夜、窓から飛び出し朝日が昇って陰を作り出すまで戻ることはなかった。
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