fiction.

□depend
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「坊ちゃんお休みになられてしまったのですか?!今夜は冷えますので私が添い寝を!子守歌はいかがですか!!」

「何故屋敷の中にいる使用人の声よりお前の方がよく聞こえる…」
「悪魔で執事です★」
「キモい」
バッサリと切り捨てられしゃがみ込んでいじけるセバスチャンをよそに、いつもの鞍に付け替えられた愛馬に跨ればシエルはサッサといつもの散歩コースへ向かった。
馬の蹄の音に我にかえったセバスチャンは、慌ててシエルのあとを追った。
「行くなら行くとおっしゃってください」
「お前の口を通る言葉はすべて卑猥に聞こえるな」
多少飛ばして走る馬の速さ程度ならば余裕で並列走行が可能なセバスチャンと他愛もない会話をしながら、並木道を抜けた湖へとたどり着いた。
「やはり空気が違うな。木々が多い分澄んでいる」
「さようですね」
馬を適当な木に括りつけ、シエルはセバスチャンが背負って来たテーブルに椅子、ティーセットで遅くなったティータイムを始めた。
「いかがですか、坊ちゃん」
「いつもと同じだ」
「それはそれは、恐れ入ります」
こうしていれば普通の執事なのだが、と、シエルはティーカップを置いて頬杖をつきながらセバスチャンを見つめた。
「どうされましたか坊ちゃん?も、もしやこんな人気のない場所で二人きりだというシチュエーションに欲望が」
「良いから黙ってスイーツを真面目に作れ」
「御意、ご主人様…」
シエルにバッサリ切り捨てられ、セバスチャンはせっせとワッフルを焼いた。
焼きたてのワッフルに舌鼓をうち、しばらくのんびりと過ごしたシエルは再び愛馬に跨ってセバスチャンを振り払うかのように飛ばして屋敷へと戻った。
そのシエルの真後ろを、椅子やテーブルまで収納した風呂敷を背負って走りながらついて来た執事がいたことは言うまでもない。
「まったく、坊ちゃんにも困ったものですね。追いかけて欲しいならばちゃんとそう言ってくだされば砂浜と海岸にセーラーの衣装を用意して…
『待ってくださいよぉ〜、坊ちゃぁん』
『僕が欲しかったら、捕まえてみろセバスチャ〜ン』
『イエ〜ス、マイロード』
『あははは』
『ウフフフフ』
と、いうシチュエーションをご用意するというのに」
愛馬を馬小屋に戻しながら、そんな妄想を昼間から繰り広げ、そんなセバスチャンに野性的直感が危険信号を受信しているのかどの馬も落ち着かずすべての馬がセバスチャンを蹴り上げているが、残念な事にそのすべてを避け、悪魔は馬小屋をあとにした。
「朝食と乗馬の稽古は一緒になってしまいましたから…午後の予定を1つ繰り下げて、と」銀時計と手帳を片手に真面目にシエルの予定を管理する姿は端から見れば完璧な執事である。
しかし、この完璧さが長く続けばシエルに苦労などあるはずもなく…。
「ということは、早めに予定が終わるので、坊ちゃんとニャンニャンする時間がここに入ると!!」
手帳の最後にそれはそれは先走った汚い筆記体でそう書き込めば、インクもまだ乾かぬ前に手帳を勢い良く閉じ内ポケットにしまいセバスチャンは屋敷にてシエルの予定を一秒の狂いもなく遂行するため脱兎のように来た道を戻った。
普段我々が目にしているセバスチャンは、この後欲望のためだけに完璧に真面目に仕事をこなしている一部のみなのかもしれない…。
普段は日々研究している秘薬を混入することなく、真面目にシエルの昼食を作った。
「今日の昼食はまあまあだった」
「恐れ入ります。午後の予定までまだお時間がありますので、少しお休みになられてはいかがでしょうか」
「そうだな…時間になったら起こせ」
「御意」
異物が混入されていない昼食に満足してしまったシエルは、セバスチャンの言うことを素直に聞き入れて自室で昼寝を始めてしまった。
もっとも、早朝からセバスチャンに振り回されつつ乗馬で遠出をしたのだから無理もないが…。
「UFUFUFUFU…よく寝てらっしゃる。しっかり眠っていておいてくださいね坊ちゃん。ご夕食とご入浴を済ませたあと…ああぁああ坊ちゃん!楽しみ過ぎてっ楽しみ過ぎてっ!」
妄想が広がってしまったようで、セバスチャンは壁をガリガリと引っかきながら鼻を押さえ内股に座り込んだ。
しかし、これでもファントムハイヴ家の執事長である。
胸にその証を付けている以上は、緊急時の戦力以外ではほとんど役に立たない使用人達のカバーまですべてをこなさなくてはならない。
いつまでも自らの股関を押さえている場合ではないため、セバスチャンは一度自室に戻りしっかり着替えてからいつもよりさらに手際良く仕事をこなしていった。
その姿からはシエルに対しての日頃の行いはまったく垣間見える事はなく、完璧な執事セバスチャンの姿があった。
だが、その勇士もシエルが目を覚ました瞬間に消え去ってしまった。
「お目覚めですか坊ちゃん。目がしっかり覚めるようなスペシャルブレンドをご用意いたしましたよ」
「お前、今朝とズボンが違うな」
何事もなかったかのようにカップにスペシャルブレンドの紅茶を注ぐセバスチャンの装いの変化に、シエルはすぐさま気付き指摘した。
「!さすがでございます坊ちゃんっ…使用人の服装の変化にまでいち早くお気づきになられるとは、それほどまでに私の下半身を気にして」「いやまったく。むしろひねりつぶすか絶対に脱げない下着でも穿かせておきたいぐらいだ」
「あぁ、そのような心配をされなくても私の下半身は浮気など致しませんよ★」
超時空シンデレラの振り付けのように、または紅い死神のようなポージングでウインクするセバスチャンにシエルの血圧は若いというのに鰻登りである。
契約が終わる前に早死にさせる作戦なのではないかと一瞬よぎったが、5秒も経たないうちにその考えは消え失せた。
「それより午後の予定はどうなっている。そろそろ教授が来られる時間だろう」
「………………そーですね」
「なんだそのやる気が感じられない返事は!」
「知らないのですか坊ちゃん。お昼休みのウキウキウォッチングの時間の相槌はこれと決まっているのですよ」
「そんな事知るか!!いちいちかまってもらえないからって拗ねるな!!」
唇を尖らせながら話すセバスチャンを説教し無駄な労力を使ってしまってから、シエルは午後の予定をこなしていった。
いざ予定をこなし始めれば、セバスチャンは普段より更にスムーズに進行をおこなったため、滞りなくあっという間に予定は消化されていった。
まぁ、それもこれも手帳に新たに追記された汚い字の予定のためなのだが、シエルがそのような事実を知る由もなく、少し早めの夕食の時間となった。
「坊ちゃん、本日の夕食はいかがでしたか?」
「いつもより少しボリュームがあったな…」
「お味の方はいかがでしたか?」
「?少し濃い気もしたが食べられない程では…っ!!まさかお前またくだらないことをっ」
やけに感想を聞いてくるセバスチャンに、シエルはまさかと思わず立ち上がった。
「盛っちゃいました★」
「ウインクしながら楽しそうに話すな気色悪い!!」
自分の頭をコツンとしながら舌を出すセバスチャンにシエルの神経は逆撫でどころか向きを変えられている。
「まぁまぁ坊ちゃん、召し上がってしまったものは仕方ありません。こうなってしまえば方法は1つです」
「今まで散々砕けていたのにいきなり真面目な顔をするな腹が立つ」
「徐々に身体が熱くて立っていることも困難になりますよ」
完全に優位に立てば、セバスチャンは飄々とした態度でシエルを見つめた。
「くそ…っ!!」
油断しセバスチャンのペースに乗ってしまった自分に、シエルは酷く後悔した。
「さぁさ、浴室にて効き始めてしまっては大変ですので早く入ってしまいましょう」
メイリンに食器を片付けるように指示し、セバスチャンはシエルを連れてそそくさと自室に連れて行ってしまった。
「湯浴みの支度は既に完了しております」
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