fiction.

□ゴーストストーリー
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「肝試し?」
「はい。ジパングでの夏の風物詩だそうで、夜会を開き一人ずつ幽霊話を披露後に墓場を二人一組で回り最期は冷やした果物を口にしつつ花火を行うそうです。そこではカップルが誕生したり破局されたりするとかしないとか」
毎日続く茹だるような暑さに、すっかり夏バテになってしまったシエルからなにか涼しくなる方法はないのかと聞かれたセバスチャンから提案されたのは意外にも肝試しであった。
「悪魔と契約している僕が今更そんなもので驚くだと?無惨な死体も殺害現場もお前に散々見せられているんだぞ」
ぬるめの湯を張ったバスタブでつかの間の涼を確保しつつ、シエルは呆れた様にセバスチャンを見上げた。
「えぇ。確かに坊っちゃんは悪魔から始まりゾンビや死神、幽霊のご兄弟に人狼に至るまでイレギュラー遭遇率には目を見張るものがございますね。ですが、ジパングの怪異はこれまで坊っちゃんが経験されてきたものよりも陰湿で恐ろしく、何処か虚しくも悲しくもあるものが多いのですよ。はっきり姿を現し自己主張をし目的も明瞭な彼等とは真逆と言って良いかもしれません」
「国が違えば怪異も異なる、か」
「えぇ。例えば死神ですが、ジパングではサイズが合わない木靴を履いた少女だと言う方が数名いらっしゃるそうですよ。死期が近い人間の周囲に現れるのは当然ですが、それではこの話の出所は死期が近い人間のみになりあまり知られませんね。少女は死期が近い人間のみではなく、まったく死とは縁遠い人間の周囲にも現れるそうですよ。サイズが合わない木靴の音を響かせながら何処からともなく近付いて来る。残念ながら姿を見たものは少ない様ですがね」
「目的もその人間の前に現れる理由もない怪異か。防ぎようがない上に予兆もない上に正体すらはっきりしないのなら確かに恐怖の対象かもしれないな」
パシャリと水音を響かせながら前髪をかき揚げるようにしつつ、シエルは多少セバスチャンの提案に興味が湧いたようであった。
「どうされますか?開催されるようならば会場をご用意させていただきますが」
「暇潰しぐらいにはなりそうだな。良いだろう。支度をしろ。但しリジーは呼ぶなよ。あいつはそうゆうものは苦手だからな」
「御意。ゾンビ相手に手負いの坊っちゃんを護るために見事な剣捌きをご披露されていましたが、やはり淑女ですね」
本来の能力を晒してからはあまり自粛しなくなった勇ましいエリザベスの一面に笑みを浮かべつつ、セバスチャンはシエルの湯浴びを終わらせればそのまま夜会と言う名の胆試しの支度へと取り掛かった。
夕刻になれば射し込んでいた西日も納まり風も幾らか冷たくはなったものの、やはり日中に溜まった熱気は簡単には静まるはずもない。そんな中、セバスチャンに知らせを受けた顔馴染みの客らがファントムハイヴ邸へと集まってきた。
「やぁ伯爵。お招きありがとう。随分変わったら趣向の夜会だから執事君に言われてからはりきって準備させてもらったよ。藍猫もちゃんと怪談を用意して来たんだよ?」
相変わらず義妹の藍猫を連れ合い参加しに来た瀏を皮切りに、ソーマ、アグニが尋ねてきた。一人誘えば二人訪れると言う意味では急な招待であっても頭数はそれなりに揃う計算があったかなかったかさだかではないが、怪談を行うには悪くない人数が揃った。
「本日は趣向に合わせジパングの夏のメニューにさせていただきました。冷やっこ、塩ゆでの枝豆、流し素麺に茄子の煮びたし、スイカでございます」
「へぇ、なんだか色合いは地味だけど見るだけで涼しくなるね」
「麺が流れているぞアグニ!」
「ジパングでは食事にもこのような遊び心を取り入れるのですね」
「昼間から竹を切っていたのはこのためか…」
「カロリーも少ない上に調理も至ってシンプル。消化も良いのでイベント後にも軽食をご用意させて頂いております」
涼やかな笑みを貼り付けたセバスチャンを他所に、ゲストらはあっという間に用意された晩餐を平らげてしまったが、やはり味がシンプルなだけに物足りないと言う面持ちである。
「さぁ、皆様お隣にご用意させて頂きましたメイン会場へと移動をお願いいたします」
「わぁ。これはまたなかなか凝ってるじゃないか。古寺の境内って感じだね」
「スゴいなシエル!屋敷の中にこんなものまであるのか!」
「1時間前まではなかった…」
テーマパークのようになっていく屋敷に開催を後悔し始めるが、シエルのそんな考えはあとの祭りである。
「本日はこちらのダイスを使用し話し手を決定させて頂きます。ダイスには本日のゲストと坊っちゃんに私、ファントムハイヴ家の家紋が書かれておりますので、家紋の場合は挙手かは指名をさせていただきます」
「あれ、なんだか何処かで聴いたようなシステムだね」
「すべらない怪談…」
「ではさっそく始めさせていただきます」
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