fiction.

□ここではない異国で
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ねぇ…坊っちゃん。
もし貴方が悲劇に運命を翻弄されず、もし私が人間だったとしたら…。
もしここではない異国で出会ったとしたら…。
貴方は私と…どうなっていたでしょう。

貴方の寝顔や、殺意に満ちた表情、ふとした瞬間に見せる年齢に似合った笑みを浮かべているのを目にするたび…私の脳裏にはそのようなことがよぎるのです…。

ですから…ですから…。


「…で。これはどうゆうことだ」
「ですから、先程説明しましたように、もし私と坊っちゃんの関係が現在のようではなくて」
「だから何故その流れで僕の衣装部屋の服が全て変えられお前も燕尾服でないのかを聞いているんだ!!」
「坊っちゃんに合わせて私も着替えませんと意味がないではありませんか」
その日、ファントムハイヴ邸はいつもとまったく同じ朝を迎えていた。
この屋敷の主であるシエルも、寝癖を所々目立たせつつもあくびを噛み殺すようにしつつ執事から手渡された新聞に目を通していた。
モーニングティーを飲み干したことにより、幾らか冴えた目でいつものように着替えをしようとセバスチャンが衣装部屋から戻ってきたのを目にした途端、まだ自分は寝惚けているのかと我が目を疑った。
いつもは屋敷から支給された燕尾服でテールを靡かせ闊歩しているはずの執事が普段とは真逆の純白に包まれていたからだ。正確には燕尾服の替わりにワイシャツの上から白衣を纏い、だて眼鏡という出で立ちなため完全な白とは言えないが、見慣れない色の取り合わせにシエルは躊躇した。
おまけに片腕にかけられた今日の着替えと思われる衣服にも全く色がないため、遠目ではそれが何か判断するのは難しいだろう。
「たまには主従逆転というのも悪くないと思いまして。ちなみにテーマは医者と看護婦です」
キリッとした表情で斜め上の提案をされれば、シエルの脳内は早朝からフル回転を余儀なくされた。そもそもなぜいきなりこんな提案をされているのかも解らないうえに、わざわざサイズをピッタリと合わせた看護婦の仕事着を伯爵の爵位を持つ自分が着せられているのかも解らない。
先程のセバスチャンの簡潔過ぎる説明で納得しろと言われても無理な話で、ナースキャップを装着されたところで目の前のエセ医者の顎下に拳を捩じ込ませた。
「くっ…っ坊っちゃん、いい拳をお持ちなのは存じておりますから、せめて顔以外の場所で鍛えてください」
「お前今まで僕に殴られるのは僕が鍛えていると思っていたのか…」
「今度ボクシング用のサンドバッグを輸入していただくことに致しましたので、次回からは本格的に始められますよ」
シエルの怒りをかい、毎回顔や鳩尾、場合によっては股間にまでその拳は捩じ込まれてきたのだが当の本人に真意などまったく伝わっていなかったという現実を突きつけられ、シエルの脳内は一旦思考を停止したのち激痛に震えた。
「お前の頭は何処までご都合主義なんだ…。そんなものは必要ないからさっさと断れ」
「そうですか?ようやく見つけた一級品だったのですが仕方ありませんね。あとで相手先にご連絡を」
「お前以上に殴りたくなるモノなどそうそうないから安心して中止しろ。それからさっさと普通の服を持ってこい」
主人の命などまったく聞こえていないとでもいうように朝食の支度を整えるセバスチャンを睨み付け、シエルはベッドから降りて思いきり背後から膝を目掛けて片足を振り上げた。
「膝かっくんとはお可愛い悪戯を…そのようなプレイはゆっくりといたしましっ!?」
足目掛けて蹴り飛ばす寸前に、セバスチャンが先に膝を曲げられシエルが望む結果を産み出すことにはならなかった。
だがそれだけで諦めることはなく、だらしなく緩んだ表情を浮かべ振り返った瞬間にセバスチャンの股間にはシエルの鋭いブーツのかかとが食い込んだ。
「新しい服を持ってきてお前もさっさと着替えろ…解ったな。返事をしろ変態」
「イエス…マイ…ロードッ」
悪魔にもやはり急所があるようで、場所はヒトとはあまり変わらないと知ったシエルはセバスチャンに自重させる時によく使用している。
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