fiction.

□Avaricious
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「だ…っだすげっ…じにだぐなっ…」
「本当に…こんなくだらない人間相手だったとは」
「がはっ!!」
「終わりましたよ、坊っちゃん。…坊っちゃん?っ!!この血の匂いはっ…」
ようやくシエルの復讐相手の尻尾を掴み早数ヵ月。蜘蛛の糸を少しずつ、巣の主に気付かれぬよう手繰りよせ、ようやく組織ごとその首謀者を引き摺り出し、巣が張られた樹木ごと壊滅することが出来た。セバスチャンの力は確かに際立ってはいたものの、復讐すべき幹部においては全てシエルの手で始末した。
ただ一人、建物内の隠し通路に詳しかった男のみ厚い壁の向こうへと逃げ込んでしまったため、セバスチャン自らが息の根を止めたのだった。既にこの建物内には主とこの男の魂しかなかったためシエルを崩れかけた広間に残し一人壁の向こう側に来てしまったのが迂闊だった。
セバスチャンがシエルの血の匂いに急ぎ壁を破壊すれば、目の前には柱の瓦礫の傍で倒れた主人の姿があった。
「坊っちゃん!!」
その場に走りよれば、柱は倒れるように仕掛けが施されており、恐らく先程まで生きていた男がスイッチを入れたのだと簡単に推測された。
こんな初歩的なことから主を護れなかった自身と男に、セバスチャンは奥歯をギリッと噛み締めた。
「セ、バスチャ…ン」
「坊っちゃん申し訳ありません。直ぐに」
「それより…あいつは…最後の」
「ご安心ください。始末いたしました」
「そ…か…契約、完了…だ…な」
「あまり話さないでください。止血をしてからこのまま病院へ」
「いや…必要、ない。もう、お前の顔も…見えないんだ」
セバスチャンの腕に抱かれたままシエルは腕に力を入れてセバスチャンの頬に触れた。脇腹には柱の飾りであったステンドグラスの破片が刺さり、 頭も強打したため脳に損傷があるようで、シエルの瞳は焦点が定まっていない。
「ですが坊っちゃんっ」
「どのみち…お前に魂をやるんだ…入れ物が多少壊れた程度で…質には問題ない…だろ」
「坊っちゃんお願いですからそれ以上は」
「最後…だな。よくやった…セ」
ゆっくり指先がセバスチャンの頬を伝い落ちた刹那、セバスチャンの両手を紅く染めシエルはその短い生涯を閉じた。
「坊っ…ちゃ…ん?」
自分の腕のなかで微かに響いていた鼓動が消えた。それを待っていたかのようにぐずついていた天候はとうとう冷たい雨を降らせ始めた。
シエルの肌を染めていた紅はみるみるうちに流されていき、纏った燕尾服も水分を吸い上げて重さを増すが、セバスチャンは顔面蒼白のまま屍となった主人を見下ろしていた。
「…なんだ。この感情は…」
シエルの血液で紅く染まった純白の手袋を見つめれば、セバスチャンの中には憎悪が芽生え、雨で濡れたにも関わらず屋敷はみるみるうちに炎に包まれた。
火の回りはまるで燃焼材を撒いたように早く、シエルを抱き抱えたセバスチャンが屋敷から出て5mも離れれば跡形もなく崩れ落ち、中の遺体は瞬く間に灰となってしまった。
「坊っちゃんを…入浴させなければ…」
シエルの遺体を抱えたまま、セバスチャンは降りしきる雨の中を行くあてもなくただ歩いて行った。

「うわっ…これじゃもう回収できませんよ先輩」
「魂ごと燃やされてしまったようだ。シネマティックレコードも焼けてしまっている」
「悪魔の業火ってスゴいんすね。体だけじゃなくて過去や魂まで燃やせんだ」
「ですから悪魔と我々は水と油なんです。仕方ありません、戻りますよ。あの悪魔はまだ魂を持っている。グレルサトクリフの報告をまちましょう」
屋敷跡に魂を回収しに訪れたウィリアムとロナウドは、周辺の遺体を確認するも誰一人として魂が無事だった人間は居なかった。
あの夜から既に三日が過ぎようとしていたが、セバスチャンは廃墟に近い建築物の一室に上等なベッドを設え、今だシエルの遺体を魂ごと所持していた。
シエルの体の傷は修復され、体も衣服も清められベッドに横たえられておりまるで眠っているようである。
「まぁだそんな器持ってるのセバスちゃん」
シエルの髪を手櫛で整えていたところを背後から話しかけられれば、セバスチャンは凄まじい形相でゆっくりと振り返った。
「人間の肉体なんて死んじゃえば長く保たないことなんて知ってんでしょ。あっという間に腐ってみる影もなくなるのよ?」
「貴方に指図される謂れはありませんよ…。魂は渡しません」
「ならなんでさっさと食べないわけ?そんな真っ黒な服だってもう着てる必要ないじゃないの」
今だ燕尾服を纏ったままのセバスチャンにグレルは更に続けた。
「それともなに?ガキが魂を抜き取る前に死んじゃった事が美学に反するから後悔してると…」
「相変わらずペラペラとよくしゃべる口だ…二度と話せないように太くて長いものを喉奥まで射し込んで差し上げましょうか」
グレルの喉元にシルバーのナイフをあて、セバスチャンは瞳を赤黒く光らせた。
「っ…それも魅力的だけど、今日はちゃんと仕事しなきゃならないの。でなきゃウィルに叱られちゃうのよっ!」
突き立てられたナイフを避け、グレルは唸りを挙げるデスサイズを片手に一気にシエルとの間合いを詰めた。
「っ!!触るなっ!!」
本気を出したグレルに隙をつかれたセバスチャンは直ぐ様踵を返し、振り下ろされるデスサイズとシエルの遺体の合間に身体を捩じ込ませグレルの脇腹を蹴りあげた。
しかし、セバスチャンの脚を簡単に見切ったグレルはベッドのサイドテーブルに身体を翻した。
「んもう!!仕事しなきゃ本気のセバスちゃんと熱い殺し愛も出来やしない!!」
「貴方のような下品で知性の欠片も感じられないような方には坊っちゃんに触れさせませんよ」
デスサイズからシエルを護るためその合間に身体を捩じ込ませたセバスチャンであったが、タイミングが僅かにずれデスサイズはセバスチャンの左肩を深く切りつけた。
肩からドクドクと流れ出る血液を止血することもせず、セバスチャンは自身の血でシエルを汚さない事を優先させた。
「それだけ深く傷を負っちゃったセバスちゃんとヤっても楽しくないわぁ。どうせなら本気で殺し愛したいじゃない…だから、さっさと魂回収して帰るわ!!」
「この程度の傷などものともせず、主人に迫る危機を回避できなくてどうします!」
「もう執事じゃないでしょっ!!今のセバスちゃんはもうセバスちゃんでもないのよ!」
「っ!!」
シエルとの契約は事実上完了している。故に今グレルからシエルの遺体を身を呈して護っているのは既にファントムハイヴ家の執事でも、ましてやセバスチャンミカエリスでもないのだと自覚させるかのように、グレルはわざと急所を外し、セバスチャンが纏っている燕尾服を切り刻んでいく。
「ねぇ…本当の姿ってどんな感じなのかしら悪魔ちゃん!」
「っ!!私は…」
今となっては呼ばれる名前も立ち位置すらもシエルと共に消え去ったことを自覚させられたセバスチャンは、咄嗟にベッドに寝かせたままのシエルを見つめた。
今までの日々はすべてシエルを中心に構成されており、契約を完了するまでのセバスチャンの世界だった。シエルがすべてのルールだったのだ。
そして少なからず、自分はその世界を好んでいた。ファントムハイヴ家執事長とし、当主であるシエルに仕えるセバスチャンミカエリスを演じていたつもりが、いつしかそれこそ本来の自分であると無意識に受け入れていたのだ。
「なぁに?まさか本当の姿忘れちゃったとか?」
シエルが生きていた頃に比べ明らかに力を出しきっていない上に、何処か調子が違うセバスチャンに、グレルはつまらなそうにデスサイズのエンジン音を静めた。
「ご冗談を…私は悪魔で、…悪魔なのですから」
言いきる声にも張りも余裕も感じられない。あとは腐敗するしかない遺体をいつまでも持ち歩き、目的であった魂に牙さえ立てていないセバスチャンへの理解などとっくに諦めていたグレルはため息をつきながら首を横に振った。
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