fiction.

□Language of flowers
1ページ/1ページ

「なんだ。その赤い実を付けた植物は」
よく晴れた午後、午前中のうちにファントム社の仕事を片付け久しぶりのゆっくりした時間を過ごしていたシエルは、セバスチャンが花瓶に生けていた植物に興味を示した。
「さすが坊っちゃん…私の思いをこれほど早く汲み取ってくださるとは」
「意味が解らないからさっさとうんちくでもなんでも話せ」
「御意…っ」
生けていた手を止めて勢いよく振り返りまくし立てながら抱き上げようと飛び込んできたセバスチャンをタイミングよくかわしたシエルは床に鼻をぶつけ蹲った執事を見下ろした。
「こちらはCelastrus orbiculatus。日本語でつるうめもどきという花で、ちょうど4月から5月にかけてこのように赤い実を付けるのです。日本から輸入したものがちょうど届いたのでこちらに生けさせていただきました」
「そうか。だが何故これがお前の想いになる」
「実はこのつるうめもどき。坊っちゃんのバースデーフラワーなのです。花言葉は大器晩成。ぴったりですね」
「大器晩成…?」
「大器晩成とは、偉大な人物は、大成するまでに時間がかかる。という意味ですよ。更にこの花がバースデーフラワーである方は、個性的な美貌により常に多くの異性を…坊っちゃんの場合は同性をもひきつけま す。更に実力は本物であり上位の人間に立つと言われています。正に坊っちゃんのことではありませんか!この話を小耳に挟んでしまったからには…ファントムハイヴ家の執事たるもの、主人のバースデーフラワーを一番良い時期に手に入れて屋敷内に飾れなくてどうします!!」
「あー…そうなのか」
右手を握り締め力説するセバスチャンを若干うっとおしく感じながら、シエルは花瓶に生けられたつるうめもどきにそっと触れてみた水上げがされたばかりで所々に付いた水滴が陽の光を反射しキラキラと輝いている。英国では余り目にしないそれを、シエルは暫く見つめていた。
花言葉は教養でいくつか学んだ事があるが、さすがに普段目にする機会があまりない海外の植物までは網羅していない。
物珍しげに見つめるシエルを見て、セバスチャンもその光景に笑みを溢した。
「さぁ坊っちゃん。そろそろ教授がお見えになられますのでお支度を」
「あぁ…」
銀時計を見て指示を出したセバスチャンに短い返事を返せば、シエルは部屋をあとにした。
「しかし、坊っちゃんがあんなに興味を示すとは意外でしたね。普段は草花になどあまり関心がないようでしたが…」
シエルが先程まで熱心に見つめていた実をそっとつついた。
「!花言葉…これは使えるかもしれませんね」
そう思い立ったセバスチャンの笑みは先程とは全く違う、見た者全員がイラッとするモノだった。
「なんだこれは…!」
滞りなく講義も終わり、空いた時間に読書でもしようと自室に戻ったシエルの目に飛び込んできたものは大量のアサガオだった。
「私からの細やかなメッセージでございます。普段いくら坊っちゃんにお伝えしても全く耳にしていただけませんので、こうして花言葉を使いお伝えしようと思いまして。教養溢れる坊っちゃんならば、もう私からのメッセージはお分かりですね?」
「お前…」
「坊っちゃんも口でお伝えするのは得意ではありませんでしたね。そう思いまして!坊っちゃん用のお花もこちらに用意してございます!!」
そう言ってセバスチャンがシエルに差し出したのは赤いチューリップだった。
「私にお渡しください♪」
「なんの悪ふざけだ…さっさと花を片付けろ!!」
「坊っちゃんからチューリップを頂けたら直ぐにでも」
ニヤニヤと笑うセバスチャンを睨み付け、シエルは部屋を出てしばらくすると黄色いチューリップを手に戻りセバスチャンに投げつけた。
「これでいいな。片付けろ」
「くっ…御意」
悔しそうな表情を一瞬浮かべ、セバスチャンは渋々アサガオを片付け始めた。

ちなみにアサガオは「愛・情・心の落ち着き・愛撫」。チューリップの赤い花は、「恋の告白」。黄色は、「希望のない恋」「高慢」「いやなこと」「忘恩」である。
「さっきは失敗しましたが…次こそは」
シエルのおやつを作りつつ、セバスチャンは次の作戦を考えていた。
ブルーベリーにラズベリーをふんだんに使ったスイーツを携え、セバスチャンはシエルの部屋へとそれを運んだ。
「坊っちゃん、本日のスイーツをお持ち致しました」
「あぁ…なんだ。この見た目は」
「見ての通り、Hydrangea(紫陽花)でございます。花言葉は」
「冷ややかな美・あなたは美しいが冷淡だ・忍耐強い愛情…喧嘩を売っているのかお前は」
「とんでもございません♪ただ私は坊っちゃんの教養を養っているだけでございます」
「ほぉ…ならば」
早速スイーツを食べ進めていくシエルの動向に首をかしげていたが、とうとうシエルの考えに気が付いた。
「セバスチャン、これはなんの花だ」
「Larkspur(ヒエンソウ)ですね…しかも紫の 」
「紫の花の場合は高慢。これで僕の教養の程は知れた筈だ。さっさと片付けろ」
ヒエンソウの形に上手く食べ残したスイーツを見つめ、セバスチャンは内心舌打ちしながら皿を片付けた。
「こうなったら…最後の手段ですね。なんとしても私の欲しい花を渡してもらいますよ坊っちゃん!!」
まだまだ懲りないセバスチャンはシエルの夕食と入浴を終わらせさっさと寝かし付け、すさまじい早さで一晩かけて外出し、シエルが目覚めぬうちに無事屋敷へと戻った。
「坊っちゃん!!坊っちゃん起きてください!!」
「なんだ騒々しい…」
「坊っちゃん宛のプレゼントが大量に…。全て箱に入っておりますがいかがなさいますか。ちなみに装飾品ばかりのようですが」
「なら中身を確認して送り主と一緒にリストにまとめておけ。感謝状を適当に送り返す…」
「御意。中身はモノによっては私が頂いてもよろしいですか?坊っちゃん宛のプレゼントですから所有主は坊っちゃんになりますので」
「あぁ…お前の好きにしろ」
「御意!!では失礼して中身を…これはこれは」
背中を向けてはいるが、ニヤニヤとした笑みを浮かべているのが声で判る。
「なんだ騒々しい。猫でも入っていたか」
「残念ながらそうではありませんでしたが、ありがとうございます坊っちゃん。早速お部屋と執務室に飾らせていただきます。庭にも少し飾りましょう」
さして興味もなかったのだが、あまりにセバスチャンが楽しげに声を弾ませていたため流石のシエルも箱の中身が気になった。
「ご覧くださいこちらの植物を!まさか坊っちゃんからこんなに沢山の花言葉を頂けるとは思ってもいませんでした」
「なっ!!見せてみろ!!」
自分で夜なべしてまで仕込んだモノだというのに、シエルからもらったと自己暗示をかけたセバスチャンの顔は締まりなど微塵も感じないほどデレデレに崩れきっている。
「確かに仰いましたよね。所有者は坊っちゃんであり、それを私が頂いても良いと」
「確かに言ったが…っ」
「これは Orange(オレンジ)ですね。花言葉は寛大・純粋・愛らしさ・結婚式の祝宴・華美・華麗。正に坊っちゃんに相応しい。こちらは Clover(クローバー)ですか。希望・信仰・愛情のしるし・残る1葉は幸福といわれている四つ葉のクローバーが幸福をもたらすという言い伝えがありますね。これにちなんでイギリスの花言葉では、私のものであれ・幸運の意味になっています。
あちらの Cosmos(コスモス)は乙女の真心。赤いので愛情ですね。さらに隣の花束のViolet(スミレ)は真実の花・恋の真実、葉に包まれたスミレの花束は、ひそかな恋。
定番のRose(バラ)は美・愛・恋・無邪気・爽やかさ。赤バラは、恋、濃い赤バラは、内気な恥ずかしさ。しかもこのようにトゲのついた満開のバラは、「結婚」となっています。
めずらしいLilac(ライラック)は思い出・愛の最初の感情・弱さを意味し、
紫の花は恋愛の最初の喜び・好き嫌いの多いこと・敏感なこと・趣味が洗練されていることを表しています。
最後の Forget-me-not(ワスレナグサ)
は文字通り、私を忘れないで。それから真実の恋・親切・好意 と言うのがございますね」
「…教養とやらを立て板に水のようにひけらかせて満足か。こんな半端な時期にこんなに生花ばかり届くわけがない。どうせお前が自分で仕込んだんだろう。寂しい男だな」
部屋に処狭しとひしめいた花たちを見渡しながら、シエルは哀れむようにセバスチャンを見上げた。
「そう思いになられるなら一輪ぐらい私に花をくださってもよろしいではありませんか。それだけで更に貴方に忠誠を尽くしますよ」
「この敷地の庭はフィニ担当だがほとんど手入れはお前がしているじゃないか。庭の植物丸ごとお前の好きにしているわけだから、あげたも同然だ」
「そう来ましたか…まぁそういう解釈でよろしいのでしたらそれでもよしといたしましょう。あの面積全てならば、一輪の数万倍は貴方に尽くさなくては」
「精々働け。この花の分もな」
目の前にかしずくセバスチャンの胸に薔薇を挿し込み、シエルはフッと笑みを浮かべた。

END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ