fiction.

□秘密
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「シエル!今日の放課後なんだけどさ…あれ?」
「アロイス先輩?シエルならさっき保健室に行ったけど…」
「え…まただよ。教室行ったら食堂だって言われて来たのに。たらい回しじゃん…」
勢い良く食堂に飛び込みシエルの名を呼んだアロイスに、エリザベスは苦笑混じりに答えた。
「まぁまぁ…またシエルをお誘いですか?」
「あったりまえだよ!!とにかく保健室だね!じゃあね!」
まるで竜巻のように食堂を訪れて再び出て行ったアロイスに唖然としつつ見送ったエリザベス達だった。
ここは中高一貫の名門校聖林学園である。
エリート中のエリートのみが集められたこの学園には、ただの資産家の息令や令嬢だけが通学しているわけではない。
学力や一般常識なども細部に渡る試験があり、金を積めば入れるような教育機関ではない。
温室育ちの後継者に国を任せることを危惧した者達が立ち上げた学園であるため、校内のシステムや職員は優れているが、理念や基本的なカリキュラムは県立の高校などと大差はなく、自由な生活を送れるようになっている。
アロイス、エリザベスもこの学園の中等部の三年、二年生であり、先ほどから捜されているシエルも一年生として学園に入学した。
最上級生は入学式の案内係というお決まりの決まりにより、アロイスもしっかりと案内の受け付け係を割り当てられ、やる気もなく適当にこなしていたのだが、そこで運命の出会いを果たした。
ブルーダイヤのような大きな瞳に華奢な肢体。人形のような容姿から放たれる貴族の気品がさらに彼の魅力を引き出している。
「入学式の受け付けはここか」
「…あ、う、うん!!入学番号と名前ここ、ここに記帳してっ」
三年生だということは学年色の校章を見れば一目瞭然だというのにタメ口で堂々とした態度のシエルに周囲は目を丸くしていた。
しかし、アロイスにはそんな周囲は微塵も目に入っていないようで記帳を済ませて会場へ入って行くシエルをいつまでも見つめていた。
これがアロイスとシエルの最初の出会いであり、以来アロイスはシエルを追い回しているという状態が続いている。
後に二年生のエリザベスがシエルと幼なじみだということを知れば、シエルに近付く口実作りのために良く接触するようになった。
互いに同性だからという問題や差別は既に彼等にはなく、美しいものは素直に美しいし、可愛いものは素直に可愛いと受け入れることになんの疑問ももっていないのである。
人間が人間を愛する事になんの不思議があるのか。
という教えは、若者には案外素直に受け入れられ、事実校内にも何組かのペアは同性が恋人である者も存在し、肩身が狭い想いもせず年相応の交際をおこなっている。
自由と個々の芽を摘み取らないという校風ならではである。
それ故に、男女両方の目を惹く存在のシエルはあっという間に校内で噂となり、告白を受けている場面に生徒が出くわすのも珍しい事ではなかった。
しかし、今までどんな美男美女も彼にイエスと言わせられた者は存在しなかった。
蒼い瞳に映し出されただけで心音が高鳴るような相手へバッサリとした返事を返す。
興味がない。初対面でいきなり好意を持たれても続くわけがない。そんな気はない。
など、オブラートにまったく包まず返される返事には不登校になりかけた者が出たこともあるとかないとか。
しかし、誰に媚びるわけもなく凛とした態度を貫いているシエルに惹かれる者はあとを絶たなかった。
エリザベス経由でシエルと接触する事に成功したアロイスも、度々バッサリと突き放されてはいるが、めげることなくこうして暇さえあれば追いかけ回しているのである。
「保健室かぁ…あの保健医苦手なんだよな‥人気はあるみたいだけど胡散臭いし」
今年度から新たに配属された保険医は黒髪に切れ目の若者だった。
女生徒だけでなく、教員までもがその容姿に頬を染め、校風故に男女問わずファンが多い。
シエルとは反対にミステリアスな少し影がある雰囲気であるがゆえに、人気を二分している存在でもある。
「セバスチャンだかアホスチャンだか知らないけど…なんかムカつく」
シエルは大概一日に一回は保健室に行くことになっている。 持病があるため体調管理が必須だからとエリザベスから聞いたが、セバスチャンと密会するのが目的なのではないかという噂も少なくない。
故にアロイスも警戒しているのだ。
「中にはシエルがアイツを狙ってるから通ってるとか言う奴までいるし…サッサとシエルを俺のモノにしないと」
早足に別館の保健室まで辿り着けば、深呼吸し作り笑いを浮かべてドアを軽くノックする。
「すみませーん。ちょっとお腹が痛いんですけど」
中からの返事を待つこともなく、アロイスは勢い良く引き戸を開けて室内へ踏み入れた。
「おや、またですかアロイスくん。今月は毎日体調不良ですね。しかも決まってシエルくんが来ている時間に」
「新学期だからストレスかなぁなんて。シエル奇遇だね♪」
「体調不良の割にはずいぶん声に張りがあるな」
服薬と触診が終わったのか、シエルは制服のボタンを止めていた。
このところ毎回保健室で鉢合わせるアロイスにいつものように嫌みを言い放つところを見ると、機嫌は良くないらしい。
しかし、そんな事ぐらいでめげないアロイスは笑いながら近付いて来る。
「本当だよね!もしかしたらやっぱりシエルと俺は運命共同体なのかも!」
「さぁアロイス君、聴診器を当てますからこちらへ」
勢いのままシエルに抱きつこうとすれば、寸前でセバスチャンに制止された。
仮病であることなど誰が見ても一目瞭然であるのだが、来た者には全員処置は施しているのである。
それが仕事だからなのか、保健医としてのポリシーなのかは不明だが、セバスチャンにつかまったアロイスは丸椅子に座らされた。
「シエル君は帰ってよろしいですよ。放課後もう一度様子を見せにいらしてください」
「あぁ」
「シエル!放課後アイス食べに行かない?」
アロイスの誘いに答える事なく、シエルは保健室のドアを閉めて自らの教室へと戻って行った。
「腹痛の時に冷たい物を食べるのは感心しませんね」
「うるさいな。俺の勝手だろ。もういいよ治ったから」
シャツをめくり聴診器をあてられていたが、シエルが居なくなればアロイスは態度を一変させた。
「まったく…シエルくんのファンの中ではあなたが一番策士なのかもしれませんね」
毎回のことであるため、セバスチャンもやれやれと眼鏡を指先で上げ直し訪問者リストに名前を書き込んだ。
「ファンなんてクソみたいな連中と一緒にするな。お前こそ、シエルに変な気起こすなよ…流石に生徒と変態教員の親密なやりとりなんて有り得ないんだから。それと、シエルを傷つけるヤツは俺がぶっ殺す…」
「ぶっ殺す…ですか。相変わらず、人気者ですね坊ちゃんは」
アロイスが退室し足音が遠のいたのを確認すれば、セバスチャンは笑みを浮かべて静かに呟いた。
その後も、アロイスはシエルにつきまとったがやはり反応は薄いどころかまったくシカト状態が続いた。
いい加減諦めろと助言する者もいたが、アロイスは一向に聞き入れる事はなく、だんだんとやり口がエスカレートし始めた。
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