fiction.

□depend
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久しぶりに晴れ渡った朝の一時を、シエルはテラスで優雅なティータイムを満喫して…いなかった。
極上のスイーツと紅茶が誂えてあるにも関わらず、シエルは頬杖を付きながら不快感を露わにしつつ紅茶をすすっている。
というのも、真横に張り付いている執事が原因のようだった。
「……セバスチャン」
「はい!なんですかぼったん!」
「その呼び方はやめろ。ウザすぎる」
「御意」
なぜこんな悪魔と契約してしまったのだろうかと、シエルは深いため息を漏らした。
見た目も頭も悪くなさそうだから契約を交わした。はずだった。
しかし、いざ屋敷での生活を再開し執事として仕えさせてはみたものの、仕事はきちんとこなす代わりにかなり性格に問題があった。
嫌み程度ならばお互い様というのもあろうが、この悪魔はそうゆう類の問題ではなかった。
「契約を交わすのに契約書ぐらい用意すべきだったか…」
「フッ…坊ちゃんともあろうお方が悪魔との契約にそのようなものが役に立つとお考えですか?そんなものなくとも、私の坊ちゃんへの熱い想いも執着も愛情も情熱もほとばしる身体の熱もこのセバスチャンすべてがあなたの物でございますよ!」
「8割方はいらない」
あの時は目の前の者達を一掃できるセバスチャンの存在と力をすぐさま自分の物にしたく、後先を深く考えることなく契約してしまったのだ。だから知らなかった…自身がセバスチャンミカエリスと名付けたこの悪魔の性癖や性格が、美少年好きのショタコンでかなりのご都合主義でプラス思考だということを。
容姿は人間基準でいえばかなり良い方だろう。
流石に主人以外の人間もいる場合はそれなりに自重もするが、それ以外のこのような時間では先程のような具合で、正直シエルは頭を痛めていた。
執事である以上、主人の服の着脱や入浴もすべて管轄であり仕事である。
当然そのような場所に他者が存在する事はほとんどなく、シエルは毎夜毎朝その時間は全力でセバスチャンに仕事をさせる為にはどうするべきなのか考えていた。
気を抜けば柔肌をさらけ出すシエルを簡単に押さえつけるなりなんなりし、あっという間にセバスチャンのペースに巻き込まれてしまうのが目に見えているのだった。
「もう良い。下げろ。少し散歩に行きたい。馬を用意しろ」
「なっ…坊ちゃん」
「?…なんだ。どうした…」
指示を出した途端に口を覆い隠し驚くセバスチャンに、シエルは何事なのかと首を傾げた。
「坊ちゃんの口からそのようなっ」
どうやら抑えているのは口だけではなく鼻もらしいが、悪魔は多少呼吸が出来なくても大丈夫らしい。
「馬に乗りたいとは…お任せください坊ちゃん、このセバスチャンミカエリス、騎乗位をさせたら悪魔一と呼ばれた事もございます」
「黙れってこの駄犬。お前は馬じゃないだろ、良いから乗馬の支度しろ」
冷静にツッコミをしながら鳩尾に拳をグリグリとねじ込むが、セバスチャンはシュンとしながら鼻血を真っ白な手袋で拭いつつシエルの部屋を退室していった。
「何がなんでもヤる方向に持って行く才能だけは認めてやるか…まったく」
しばらくすれば、何故か生き生きとしているセバスチャンが再びシエルの部屋に戻って来た。
「失礼いたします。坊ちゃん、馬の支度が整いましたのでお着替えを」
「解った…」
ただ単に着替えをさせるからテンションが上がっているとは考えにくい。
何か馬に仕掛けているのかろくでもない考えを巡らせているのか今の段階では読みとれないが、良いことではないことだけは予想出来る。
いつものように腹が立つ程上手い鼻歌まじりで着替えを行うセバスチャンを、シエルは疑いの目を一層強めて警戒心を露わにするのだった。
「どうかされたのですか坊ちゃん。そのような熱い視線を向けてくださるなんて…私の馬が今にも暴れん坊に」「もう話すな黙ってろ」
それ以上聞きたくないと、シエルはセバスチャンの言葉を遮った。
乗馬用の衣服に気構え、用意された愛馬の元へ向かえばシエルは付けられている鞍に絶句した。
「さぁ坊ちゃん、お乗りください」
「…一応聞いてやる。鞍についているあの真ん中の異物はなんだ」
「あぁ、あちらは私特製の坊ちゃん専用身体固定具でございます。ファントムハイヴ家の執事たるもの、主人が落馬されぬようにコレぐらいの物、先に用意できずにどうします?」
「ファントムハイヴ家の名前を出してあんなものをどや顔で自慢するなアホ!!」
シエルがキレるのも仕方がない。セバスチャン特製の身体固定具とやらは、ちょうどシエルのお尻辺りにあり、どう見ても男性の息子をかたどった物にしか見えない。
「おや、お気に召しませんか?身体を固定するだけでなく、馬の走り方や振動により色んな角度や速さで坊ちゃんを気持ちヨくできる優れものなのですが…あぁ、心配されなくても私のよりはややコブッ!!」
サラサラと説明を始めたセバスチャンの顔に、シエルが投げつけた身体固定具が突き刺さった。
「良いからとっとと外せ…さもなければお前にはまた暇を出すぞ」
「嫌ですやめてください」
シエルの言葉にキッパリと断りを入れれば、セバスチャンは手際良く鞍を通常の物に付け替えた。
以前にもセバスチャンはシエルの逆鱗に触れて暇を出された事があり、嵐が通過中の庭に放置されたことがある。
「いやぁああ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさい申し訳御座いません坊ちゃん!!本当にミカエリス反省してますから悪魔でも反省してますからぁああ!!」
必死に玄関にしがみついて大声で泣き叫ぶが、悪魔パワーを出していないため閉め切った屋敷への叫びなど豪雨で掻き消されてしまった。
セバスチャンにとって嵐の中に放り出される事など大したことではない。必死に懇願し中に戻る許しが欲しい理由はたった1つだった。
「坊ちゃぁああん!!お願いですからタナカさんにお風呂やお着替えを!私以外の前でそんなっ!バルド達だっているんですよ坊ちゃぁあん!!明日の下着までタナカさんに決めさせないでください!!坊ちゃぁあん!」
結局セバスチャンは嵐が通り過ぎて晴れ間が出るまで泣き叫び、ようやく中に入れてもらえた時には身体中の穴という穴から出せるものをすべて出し切り半分干物状態だった。
「坊ちゃん不足などあの一晩で充分です…」
両腕をさすりながら身震いするセバスチャンに、シエルは今日何度目か判らないため息をついた。
「僕も二度とあんな思いはごめんだ」
「坊ちゃん?!ついに、ついにデレてくださったのですか!長いツン期がようやく終わったのですねっ!!」
「違う!!ツン期とかデレ期とかよく判らないがとにかく違う!お前が外で一晩中泣き叫んでいる声が煩くて寝られなかったんだ!しかもお前が全部僕のタイムスケジュールを把握しているからその度にわけの判らない事を延々叫ぶからウザかったんだ!」
シエルの食事の時間、入浴の時間、読書の時間などすべてセバスチャンが分刻みで把握している。
その時間になる度、外は豪雨に強風だというのにもかかわらず、セバスチャンの声は屋敷のどこにいても聞こえてきた。
「坊ちゃあん!夕飯は何を召し上がっているのですか!きちんと毒味もしていただいておりますかぁ!」
「坊ちゃん!入浴ですか?!お湯の温度はいかがですか!その入浴オイルは私が坊ちゃんの為に輸入したものです!その香りを漂わせた坊ちゃん…坊ちゃん下着はどれをお召しになるご予定ですかぁあ!」
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