fiction.

□a deceit
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『どこだ…ここは』
意識が浮上した時にはここにいた。その前の記憶は酷く曖昧で、シエルは状況を把握しようと体を起こそうとするがまったく動かない。
唯一自由となっている視界に頼ると、どうやら蜘蛛の糸が自分をこの悪趣味な色のベッドに縫い止めているようだということがわかった。
声を出そうとするが、どうやらそれも封じられているらしい。
こんなやり方をする人物を、シエルは1人しか思いつかなかった。
『アロイスか…』
そう頭をよぎった刹那、部屋のドアが無遠慮に開かれ、たった今思い浮かべた人物が楽しげに部屋へ入って来た。
「あ、シエル起きたんだね!気分どう?」
シエルが横たわるベッドに片足で乗り上げ頬を撫でてそう問いかけるアロイスに悪態の1つでもついてやりたかったが、やはり声を出せない。
「やっぱり可愛いねシエル…どう?俺の人形になった感想は。大丈夫、飽きるまでちゃんと遊んであげるし殺さないから。殺したらセバスチャンにシエルの魂をやることになるからね」
セバスチャンの名を聞き、シエルは自分の執事の存在を思い出した。
あのセバスチャンが自分の危機に現れない事など今までなかったし、それは契約内容でもある。
不審に思うシエルだったが、今頃あの眼鏡の蜘蛛執事と戦っているならば多少の苦戦はしているのかもしれない。
「さぁシエル、着替えて俺と踊ろうよ!」
こんな身体でどうやって…とアロイスの言葉をひと蹴りするが、身体はゆっくり起き上がった。どうやら関節に巻きつけられた糸はアロイスの意志に従いシエルを動かすようだ。
そう、シエルは今アロイスのマリオットであり、愛玩具なのである。
衣服ですらもトランシー家の三つ子の手により、糸を器用によけながらドレスにツインテールという、以前も行った身なりへと変えられてしまった。
「わぁっ!やっぱりシエルは女の子にしても全然違和感ないね。可愛いよ?」
完璧な女装を纏ったシエルに、アロイスは上機嫌となりその華奢な身体を抱きしめた。
「さぁ、踊ろうよシエル…俺といつまでも」
蓄音機からは社交の場で良く耳にする曲が流れ始め、アロイスは慣れたステップでシエルと共に踊った。普段のシエルには到底乗り切れない難しいステップも、アロイスは難なくこなしシエルをリードする。
「ねぇシエル…あとで面白いことを教えてあげる。きっとびっくりするよ?」
アロイスはそうシエルの耳元で囁き、蒼い石のピアノを噛んだ。
シエルはヒリッとした耳朶への痛みに眉を寄せるが、身体はまったく言うことをきかない。
「シエルはさ、どうしてセバスチャンが助けに来ないのか知りたくない?」
蓄音機から流される曲に合わせて踊ること早十数分経過しているが、セバスチャンの姿はおろか声さえ聞こえて来ない。
「どうして来ないのか知りたい?知りたくないわけないよねぇ…教えてあげるよ」
蓄音機の針がレコードから離れ曲を流すのを止めたと同時に、シエルの身体はわずかに宙に浮きまるで磔にでもされたような吊られ方となった。
「セバスチャンが来ないのはクロードのせいでもなんでもないよ…。クロードとセバスチャンはね、俺達が仮装パーティに出ていた時に互いに有利な取り引きをしたんだ。悪魔同士の契約…人間なんかとするクソみたいな契約よりさらに強く強力な…ね」
シエルの周囲を周りながら、アロイスはそのシエルの表情の変化を見つめながら続けた。
「その内容ったら酷いんだよね。主人の俺たちの願いを叶えるフリをしながら自分達の目的を達成させようとしてたんだ…ま、結果的に今俺は有利な立ち位置にいるわけなんだけど…」
笑みを絶やさず話し続けるアロイスに、シエルは『有利な立ち位置』とは現在こうしてアロイスの手に落ち拘束されていることかと悟り、さらに睨みを強くしたが、今更アロイスにそのような威嚇はまったく意味を成していないことは明らかだった。
「シエルがあまりにも可哀想だから、教えてあげるよ。シエルの復讐相手は俺達じゃないし、既に復讐は完了している…セバスチャンがクロードに要求したのは、既にいない復讐相手としてトランシー家と俺を配役して魂を育て契約を完了させることだった。クロードはセバスチャンに復讐相手として在るようにと契約し、俺の契約を完了させることだった…矛盾してるよね。結局はセバスチャンかクロードがお互いの主人を闘わせ、勝敗が決まるだけなんだから…」
「っ!?」
アロイスの口から紡がれた内容をすべて鵜呑みになどは出来ないが、聞かされた話しに魂は確かに反応していた。
「クロードも考えたよね…この契約内容さ、先に全部自分の主人にゲロッた方が先手を打てるもん。だから、君の負けだよシエル…」
耳元で囁かれたアロイスの言葉は、シエルの奥に深く響いた。
しかし、例えアロイスが話した事が真実であってもセバスチャンがここに現れないのはおかしい。
セバスチャンとクロードが密約を結んでいたとしても、セバスチャンはまだ魂を手に入れたわけではない。即ちシエルとの契約はまだ完了していないのだ。
契約が有効ならば、シエルの命を守るという契約内容に背く行為はあってはならない。
『どうしたセバスチャン…早く来い』
いつもならばとっくに助けられて今頃ゆっくり風呂にでも浸かっているだろう。
「シエル、可哀想だから魂をバラバラにする前にゆっくり可愛がってあげる…」
そうシエルの耳元で囁くと、蜘蛛の糸で自由を封じられている身体は簡単にベッドへ押し倒された。
「ねぇシエル、今まで何人ぐらいに犯されたの?初めての相手は?一番上手かった奴の事とかまだ覚えてる?」
自身もさして変わらない過去を持っていながら、アロイスは次々にシエルへ拷問に近い質問を投げかけてくる。
唯一の違いは、汚した相手が複数か個数かということぐらいだろう。
「セバスチャンとはもうヤッたの?アイツ手が早そうだし絶倫だったんじゃない?同意だったの?それともやっぱり強引に?悪魔だもんね、あ…寝込みとか?」
纏った衣服を脱がされながら質問責めにされるシエルは、眼帯で塞がっていない片目でキッと睨みつけた。
「答えないって言うことは図星?全部図星だったらクソ最低だよね、本当に悪魔だよ」
契約印が刻まれた舌をちらつかせつつ喋り続けるアロイスに、シエルの不快感は上がる一方である。
「ねぇ、セバスチャンはこの身体をどんなことを考えて触れていたんだろうね。恋人みたいに愛しくて大事な壊れやすい物かな…それとも、人間の欲に汚された汚らしい道端に捨てられた人形に触れるような感覚かな」
シエルの首筋に舌を這わせ、アロイスはさらに続ける。
「ねぇ、シエルは自分のことどう思ってるの?やっぱり溝鼠?」
「ご、ちゃ…ご…ちゃ…う、るさい」
だいぶ身体の自由がきき始めたシエルは、耳の裏を舐めるアロイスの腕に爪を突き立てた。
僅かな痛みを感じ眉を潜めるアロイスに、シエルはぐっと体に力を入れて起き上がった。
「お、まえの…話、なんか…っ聞いている暇は、ない」
「へぇ…あれだけ強い薬嗅がされたのにもう身体まで動かせるなんて、流石ガキの頃から色んな薬のフルコースだっただけあるよね」
アロイス自身が何処までシエルの過去について知っているのかは定かではない。
だが発せられる言葉の内容は、シエルの過去と異なっている部分が少ないことから、おそらくクロードがアロイスの命令で調べ上げたのだろう。
仕事の場合を除き、他人の過去や外見などにまったく興味がないシエルは、わざわざ過去を調べさせるような時間と労力の無駄をなぜするのか理解に苦しむ事だった。
わざわざ他人の過去を詮索しあれやこれやと騒ぎ立てて何の意味があるのか。今目の前に存在している当人を知ること、そしてそこから垣間見えるモノこそが真実ではないだろうかとシエルは考えていた。
「セ、バス…チャン。命令だ…来いっ」
自分の腕だとは思えぬほど酷く重い腕を動かし、シエルは眼帯をめくり上げセバスチャンとの契約印を晒した。
「なるほど。クロードとの密約を知られても契約自体は生きてるもんね…ならさ、その契約印が刻まれた目をえぐり出しちゃえば…シエルとセバスチャンの契約は一回切れるよね。俺さ、得意なんだ。目玉潰すの…ハンナの目玉をあぁしたのは俺だよ」
「っ!貴、様…」
冗談だとしても笑えない上に、アロイスならば本当にやりかねないと、シエルは背筋に冷たいものが伝い落ちるのを感じた。しかし、ゆっくり近付いて来るアロイスからでも、自由がまだきかない身体で逃げきるのは不可能である。
冷や汗が背中を伝う感触を味わうのは久しぶりであるシエルは、己がどれだけセバスチャンの力に頼っていたかを痛感させられた。
「くそ…あんな悪魔に」
契約とはいえここまでイレギュラーな存在の力に頼っているというのはシエルには耐えられることではない。
名前を再び呼ぶことも考えたが、それをして仮にセバスチャンが現れアロイスを殺したとしても己自身が納得出来ない。
その時、シエルの足に何かが当たった。
しかしそれに気付かないアロイスは、まるで角にネズミを追い詰めた猫のように近付いてくる。
「負けを認めなよ。シエル」
「あぁ、そうだな…だが」
「っ!?俺の短剣…っ」
素早くしゃがんだと想うと、シエルはベッドの下にあった短剣の鞘を素早く抜き去り己の手でその刃を握って薬の作用を軽減させ、赤い体液が滴るそれをアロイスに突きつけた。
「残念ながら、目玉を繰り出されるのはお前のようだな」
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