fiction.

□Avaricious
3ページ/4ページ

「だめ。全然ダメよ悪魔ちゃん。今の貴方はちっとも魅力的じゃないわ。そんな悪魔ちゃんと熱い殺し愛なんてできっこないわ!!ガキの魂はもう少しだけ待ってあげる。その間に食べちゃうかフッきれるかしてちょうだい」
デスサイズに付いたセバスチャンの血を指先で一拭いし、グレルは笑みを浮かべてその場をあとにした。
「相変わらず…自分勝手な生き物ですね。しかし、アレが言うことも確かに一理ありますね」
傷口から止めどなく流れる血を止血し、セバスチャンは体に付いた血液を錆び付いた蛇口から辛うじて出てくる水で清めた。
「やれやれ…あの方の性でお屋敷から支給されていた最後の燕尾服もシャツも台無し、ですね。これでは坊っちゃんの前に出られないじゃないですか」
割れた鏡に映る自分の容姿を、セバスチャンは静かに見つめていた。今の容姿は偽りの姿である。もうこの姿でいる必要も人間らしく振る舞う必要もない。
それを望む相手はもう二度と自分の姿を見ることも、ましてや話すこともないのだから。
ならばこんなになった燕尾服を纏う意味もない。
本当は解っている。あの人間の子どもをどうすればいいのか。どうすればこの苦しみから開放されるのか。しかしそれは、悪魔として生き続けることが困難になることを指していることでもある。
「それでも…私は」
自身の胸に触れ、唇を噛み締めれば一筋の赤い筋が顎を伝い落ちた。シエル自身の肉体は既に限界を越えている。
いくらセバスチャンがある程度鮮度を保っていたとはいえ、やはり生身の肉体には期限があるのだ。
「少々苦しい思いをさせてしまいますが、お許しください」
ベッドに寝かせたシエルに深々と頭を下げかしずき、セバスチャンは遺体を抱き上げて静かにその場をあとにした。
降り立った場所には大樹となった林檎の樹が葉を繁らせていた。
セバスチャンはシエルを静かにその大樹の根本に横たえさせた。すると瞬く間にシエルは根に引き寄せられ、大樹に抱かれ魂も大樹へと吸い込まれた。
「これで魂はあれらに奪われる心配はない。身体は大樹からの養分を供給されれば…残るは」
シエルの親指で光を放つブルーダイアをゆっくり抜き取り、セバスチャンはその石に唇を落とした。
「その時が来るまで、これは私が大切に保管させて頂きます。私の気はこちらでは猛毒となってしまいますので、失礼ながら時が来るまでは失礼させていただきます」
指輪を大事そうに懐に忍ばせ、セバスチャンは大樹をもう一度見上げてから静かにその場から飛び立った。


***********

『何処だここは…。何も見えない…そうか、僕の視力はあの時…身体も動かない…なんだか寒い。あぁ…これが死というものか、案外安らかで痛みがないものなんだな…アイツはどうなった?見届けることは叶わなかったが、セバスチャンなら…ここはセバスチャンの体内か?』

長い眠りから目覚めたように、シエルの意識は再び浮上した。しかし五感はほとんど役に立たず、まるで暖かな水中に浮かんでいるような状態だった。記憶は視力を失う寸前まで辛うじてあるが、前後は酷く曖昧になってしまっている。死んだという自覚も、魂を食べられたのかもハッキリとしないが、シエルに限らず生死とはそうゆうものなのかもしれない。
『契約は完了したはず…ならばやはりここはセバスチャンの体内だろう。いずれ消化されればこの人格も全て溶けあいつの一部となるのか…それとも人格はこのまま残り、漆黒の闇の中に永遠に封じ込められるのか。五感は役立たずで不変な暗闇で発狂することすらなく存在し続ける。存在しているのに無に限りなく近いギリギリの境界に縛り付けられる。確かに、話しに聴く地獄の方がまだ良いかもしれないな…』
悪魔と契約した人間の魂の成れの果てがこの状態なのかと、シエルは酷く落ち着いた頭で思考を巡らせた。
ならば飽きるまで眠ってやろうかと、再び思考を停止しようとした刹那、頬に何か冷たいモノが当たったのを感じ、シエルはとうとう瞼を開けた。
「こ…こ、は…」
シエルの眼下に広がったのは今にも雨が振りだしそうな厚い雲と、それが千切れて差し込む晴天と日光だった。どうやら高い場所のようで、雲が非常に近い。雨か霧が出ていたようで周囲は空気も含め水分を含んでいた。それを吹き飛ばすかのように、やや強めの風が吹きシエルの髪を揺らしていた。
どうやら真上の大樹の葉から雫が落下しそれがシエルの頬を濡らしたようだった。
「僕…は、どうなったんだ…」
視力を失う直前まで広がっていた光景はとてもリアルだった。柱が倒れ舞い上がった埃と砂、割れたガラスに地塗られた壁や始末し死体になった人間。それが今や一転し汚れを一切感じさせない清々しい光景であり、体の痛みすら既になくなっている。
しかし身体はまだ思うように動かせないため、視線を周囲にやるしかない。
「ここは…何処なんだ」
目覚めた所で現状を把握できなければ今後の対応も難しいため、どうにか身体を動かそうとしていると、雲を斬るように一羽の漆黒の羽を覆った烏が徐々に近付いてきた。
朽ちかけたタイル張りの床に音もなく舞い降りた烏は静かに人型へと変化すると、それはよく見知った姿で、まだシエルが目覚めたことに気付いていないのかふらついた足取りで此方に向かい歩いてくる。
「セバスチャン…か」
「っ!そのお声は…坊っちゃん、ですか?」
「あぁ…お前がまだファントムハイヴ家の執事なら…な」
「あぁ…坊っちゃん…坊っちゃん」
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ