≪駿河家の朝の風景・編1≫




6:50 起床

「けーい。朝だよ、起きて?」

睦は軽くノックをして部屋へと入ると、未だ夢の中の弟へ優しく声を掛けた。

「んー……」

布団の下から僅かに見える頭が声に反応してもぞりと寝返りを打つが、起きる気配をみせない。

「ほーら、起きて起きて」

だが、そんなことなどいつものことで、睦は慣れた口調で急き立てながら、ガラス窓のカーテンを開いて薄暗い部屋に光を入た。

それでも、空は今にも雨が降り出しそうな雲が覆っていて、十分な明かりが入ってこないので、パチリと電気のスイッチを押す。

「う〜〜んっ」

明かりが眩しいのか、慧は唸りながら腕で顔を隠すように上に翳す。

「けーい?」

ベッドの傍まで来ていた睦は、その腕を掴んで顔から離した。

すると、瞼が痙攣したそうに動き、うっすらと慧は目を開いた。

「おはよう、慧」

目を覚ましたのを確認すると、極上の微笑みを浮かべながら声を掛けた。

慧の腕を掴んでいた手は慧の頭へと移動され、その髪の毛をくしゃくしゃと撫でまわす。

ここで普段の慧なら、すぐさま恥ずかしそうに手を払ってくる所なのだが、されるがままになっているのを見ると、どうやらまだ寝ぼけているようだ。

「ん、ふぁ…っ。はよぉ」

それを表すように、欠伸をしたことで浮かんだ涙を指で拭った眼はまだ瞼が半分閉じてしまっている。

そんな慧を睦は愛おしそうに見つめると、ぽんッと軽く頭を叩いて手を離した。

髪から睦の手が離れていくと、慧はのそりと横たえていたベッドから身体を起こす。

そして、拳が入るのではと思うような大きな欠伸をもう一つした。


「はい、慧〜。後ろ向いて?」

慧がベッドの上で身体を伸ばしていると、突然睦に両肩を掴まれた。

「え……?」

睦の愉しげな声音に慧は嫌な予感がしつつ、見れば肩に置かれた睦の手には櫛が。

それを見た途端、これから睦が何をしようとしているか分かった慧は、眠気が一気に覚めた。

冗談じゃない。


「ほらほら、後ろ向く。それじゃぁ、ちゃんと髪の毛解かせないでしょ?」

「ちょ…っ、兄貴いいって!」

慧は腕を後ろに動かすと、肩を掴んでくる睦の手を振り払う。

さすがに16歳にもなって、兄に髪を解かして貰うのは気恥ずかしすぎる。

「いいから、いいから」

「よーくーなーいー!」

だが、そんな慧の小さな抵抗など睦は気にもせず、後ろを向かせようと、睦は肩を掴み直しぐいぐいと押してくる。

その力は上から押されているせいなのか、細い睦の腕は意外と強く、慧が押されまいと抵抗しても押し返されてしまう。

「だぁー、もう!」

訳の分からない声と共に、身体で押し返そうとした瞬間、今まで肩に掛っていた力が和らいだ。

「へ……?」

不思議そうに慧は顔を上げると、睦の瞳とぶつかった。

「朝、ゆっくりできる時ぐらいお兄ちゃんに慧を構わせて?」

「ゔ……」

そう顔を覗き込みながらニッコリと微笑まれてしまえば、拒否の言葉は喉の途中で凍りついてしまう。

「んなこと言いつつ、忙しくてもするくせして……」

慧は、そうボソリと最後の足掻きとばかりに呟く。

「ん?」

だが、何か言った?と満面の笑みで聞いてくる睦に、もう何を言っても無理だと解った慧は、渋々睦の方へ背中を向けた。

柔和な見た目と違って、睦はこうと思ったことは絶対に引かない、頑固な性格の持ち主なのだ。


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