短編
□雨のすきま
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雨 の す き ま
踵を踏み潰した上履きから愛用のスニーカーに履き替え、さぁ帰ろうと昇降口を潜り抜けたところで大沼尚太はピタリと足を止めた。
昇降口の軒下から見える空は、朝から変わらない薄い灰色。
少しだけ暗く見えるのは、時間的なものだと思っていた。
だがよく見れば、薄墨色をした空の隙間からは、しとしとと音もなく細かな透明な雫が落ちていた。
「なんで雨降ってんだよ」
雨でうっすらと霞む空を見上げ、大沼は恨めしげに吐き棄る。
いつの間に降りだしていたのか。
今の今まで、大沼はまったく気づかなかった。
半袖で剥き出しの腕に触れる風が、肌に纏わりつくようなムッとしたものから、ひんやりと冷えたものに変わっている。
足元に視線をやれば、昇降口前に敷き詰められた赤茶色の石畳の地面も、雨に濡れて色が濃くなっていた。
どうやら、たった今降りだしたわけでは無いようだ。
せっかく降られずに帰れると思っていたのに、期待を裏切られた気持ちと、降り出したことに気づかなかった自分に思わず舌打ちしていまう。
「え、大沼ちゃん傘持って来なかったの?」
大沼が苦々しげに不満を漏らせば、横から傘を開いたボンッという軽い音と共に、驚き気味な声が聞こえてきた。
信じられないものでも見たような友人の口調に、またたく間に大沼の眉間に深い皺が寄る。
「はぁ? 持って来てるに決まってんだろ」
ツリ気味の目をさらに釣り上げ、大沼は自分の目線より上にある友人――大智大地の顔を睨みつけた。
梅雨入り宣言がされて、もうだいぶ経つ。
ここ最近は梅雨の中休みに入ったようだが、それでも晴れのマークと一緒に傘マークが出ていることが多い。
徒歩通学の大沼にとって、突然の雨は天敵と言っても過言ではない。
なのに、今の時期に傘を持ってきていないなどもってのほかだ。
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