√3xの心拍数
□√1×LR
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「スーパー…か」
『そう。明日のための買い出し』
「いつも神城さんが作ってるのか?」
『そう』
「少し無礼かもしれないが、ご両親は?」
『仕事で帰るのが遅いからいつもウチが家事をやっている』
「そうか…」
驚いたことに神城さんの家は全くの一般家庭だった。
気品や思慮深さとはしっかりさの勘違いだったのか…
『赤司…?どうしたの』
あまりの衝撃に呆気に取られていると神城さんがこちらを覗いていた。
「…いやなんでもない。行こう」
ここで余談だが俺は生まれてから一度もスーパーに入ったことがない。
店内に入ると珍しさのあまり辺りを見回す。
食材、衣類、その他雑貨類など様々なものが置いてあった。
なんでも揃っている、という表現は妥当だ。
『…もしかしてスーパー来るの初めて…?』
思わず隣の神城さんを見てしまう。
「ああ。こういうところには縁がないんだ」
『そう。…でもそれはいいことでもあると思う。親がちゃんと自分の世話をしてくれて自分は好きなことに集中できるから…』
神城さんは驚きの表情一つ見せずに言った。
一軍入りの話のときもそうだが神城さんは少々人と違う観点を持っている。
なんとも面白い人だ。
それからスーパーであれこれ見物しながら買い物を済ませ、彼女を家まで送った。
やはり彼女の家はごく普通の一軒家で一般家庭の様だった。
なんとも言えない不思議な子だ。
『赤司、ここまで送ってくれてありがとう』
「いや構わないよ。それに俺もいろんな体験をさせてもらったからね」
『それならよかった。じゃあまた明日』
「ああ。また明日」
家の中に消えていく彼女を見送って俺も家へと歩き出した。
神城さんはとても興味深い子だ。
上品さを持っていて親しみが湧くうえに俺とは全く異なる家庭環境の育ちで俺の知らないことをたくさん知っている。
きっと彼女はまだまだ俺の知らないたくさんのことを知っている。
明日から俺が普段疑問に思うことを片っ端から聞いていこう。
そうすれば彼女のことをもっとたくさん知れるだろう。
夏直前のある日の夜、昇降口を出ると案の定雨が降っていた。
暑いうえに湿気が尋常ではない。
その足音はちょうどローファーを履き終えたときにやってきた。
「お疲れ様、神城」
『赤司もお疲れ様』
表情を変えずにそう言った彼女は俺と同じく靴を履きかえて俺の隣に並んだ。
既に出来はじめていた大きな水溜まりを避けて帰宅する。
あれから約一年、俺たちは時々一緒に帰るくらいの仲になった。
今日もスーパーに寄り、彼女を家まで送る。
「!!…そうだ、実は今日付けでバスケ部の部長になったんだ」
『まだ二年なのに…?赤司はやはりすごい』
「さすがにここまでになるといい加減謙虚にもなりづらいな。嫌みに聞こえてしまう」
『たまには喜んでもいいと思う。…おめでとう』
「ああ。ありがとう」
彼女とは気兼ねなく会話できるようになった。
将棋も指せば、本の話もして、彼女から話題を振ることさえある。
しかし唯一あのときから変わらないことがある。
神城珠央は不思議で興味深い子だ、まだまだ彼女について知りたい、ということが。
つまるところ俺は神城に恋をしている。
√1×LR
(君の態度、それは愛なのか尊敬なのかが知りたい)
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