Slll・novel

□足りない言葉の埋め合わせ
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連れていかれた先は、彼の自室だった。
と、同時に、解放された手首からはじんわりと失われた彼の体温の感覚が広がり、漸く放してもらえたというのになんだかすこしだけ、切ない気分になった。


『………なに』


それでも、こんな意地っぱりの、可愛くないことしか言えない自分
あぁ、ちがう。こんなこと言いたいんじゃないのに

詰まるところ、私は彼が、
沖田さんが好きすぎるがゆえにこうして意地を張ってしまうのだ

好きになればなるほど、私は素直じゃなくなってしまう
めんどくさいなぁ、もう


『…、用がないなら帰る』

沈黙に耐えきれなくなって飛び出た言葉もやはり可愛らしさの欠片もなくて

目の前に立っていた彼に背中を向けて部屋を出ようと足を踏み出した。

足止まってよ
沖田さんの顔、もっとみたいのに
ただ沖田さんとバカみたいに笑っていたいだけなのに

いつだって自分はこうやって、間違える


『…っ沖田さ』
「行くな」


沖田さん…、と彼に聞こえているかどうかもわからないか細い声に被せられるように届いたのは、他でもない、彼の悲痛そうな声で。
次には
あれ…?と、状況把握が追い付かない
背中と首回りが妙に温かくて愛しくて
なんだろうこれ、とゆっくりと把握できたのは、どうやら私は沖田さんに抱き締められている、というまさに夢みたいな状況だった。


まっ、ままままままっま、まって!?!?!?これ夢っ!?!?!?妄想!?!?!?
沖田さんが好きすぎて夢と現実がごちゃごちゃになってるの!?!?!?

それでも、自分の体に回された温かい腕の感触が、これは夢ではないのだと知らしめる。
あぁ、もう、顔に熱が集まって頭が正常に働かない…!
恥ずかしい、恥ずかしいっ
なんで今私、こんなことに!?!?!?
…ただ、この温もりを振り払いたくはなかった。


もう一度、沖田さん。と名前を呼ぼうとすれば、またも彼は被せるようにこう告げた。

"もう、…限界"と


『…え?』


沖田さんから発せられる少し掠れた声は存分にその余裕のなさを私に訴えかけているかのようだった。
なにに、だなんて、私が聞きたい
ねぇ、なにが限界なの

どうしても、期待してしまう


『…な、にが…?』


自分で思っていたよりも切羽詰まったような震えた声が出てしまった
少し他人事のように心のなかでそう思う

私の声を聞いた沖田さんからは私の背後でハッと息を飲んだ気配がした。


『っ』


すると私を抱き締めていた腕が強められて、それはもはや抱き締めるというよりは、私が逃げないように捕まえているという方が正しいものとなった。


『沖田…っさ、…っ「お前不足で…、も、限界…」っ』


そう言って私の首筋に顔を埋めた沖田さん
沖田さんのサラサラの髪が首にささってチクリとする

ううん、チクリとしたのは私の心の方


「…どこにも行くんじゃねェ。離れていくんじゃ…ねェ。頼むから…、」




きっかけは嫉妬だった。
あなたの周りには私なんかよりもずっとずっと綺麗で可愛い女の子で溢れてて、私なんかそのなかじゃ石ころさえ見えてくるほどで
私なんかが沖田さんの隣にいてもいいのかな、なんて、思い出したらもう止まらなくて不安で辛くて
こんな重たいことばっか考えて、そのくせ沖田さんに自分だけをみててほしいなんてそんなことできもしないことばっか考えてる
そんな自分が死ぬほど嫌い


なのに、…なのに、なんであなたはいつも、私がほしい言葉を、私が言わなきゃいけない言葉を先に言っちゃうの


『沖田さ…』
「……」
『すき』
「っ!!」
『すきなの…っ』


大好き


口から出た素直な気持ちはいったいどれだけの間言わずに溜め込んできたものだっただろう
思えば、私は溜め込むばかりで、素直になるなんてこと、滅多になくて
こんなに好きで好きで仕方ないくせに、言葉にしたことは殆どなかったかもしれない


恥ずかしいけど、簡単なことだったのにな


『沖田さん、大好き』


今度は後ろにいる沖田さんの方をきちんと見て伝える
沖田さんの目に映る私はこんな表情してたんだ…って笑っちゃうくらい不安げなものだった


まだ、伝え足りてない。全然
沖田さん

『すき「もういい。」!!!!』
「もういい、もう黙ってなせェ」


『んっ』


食むように重ねられた唇と、ボヤける程近くにある沖田さんの顔
そして後頭部に回された手


『ん、ふ…ぅ』
「っは…」
『沖った…ぅさ…』
「俺も…」

「俺も。自分でも意味わかんねぇくれェに、てめぇが好きだ」








足りない言葉の埋め合わせ

(いつだって私にはあなたしか見えてない)
(こんなにしといて、今さら離れられるわけないよ)


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