Slll・novel

□crazy your heart
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「やぁ」



また現れた。


へらりとしたいけ好かない笑顔を浮かべながら、ここのところ毎日あたしの前に表れる黒いフードを被った少年


『また来たの?よく飽きないね、あんた』


呆れだけではない。僅かに嫌悪を含ませたあたしの言葉にも彼は気にもしていないのかへらりとまた笑う。

彼の何が気にくわないのか、それはその張り付けた面のような笑顔だった。

そう、まさに、ピエロのような


『気持ち悪いんだけど。毎夜毎夜、なに?あんた』


彼が夜にしか現れない、というのもいけ好かない理由の一つかもしれない。


「酷くない!?!?!?気持ち悪いは流石にないんじゃないかな〜、ははっ」


これっぽっちも傷付いた風な顔をして、よく言う。


『…今日は何しにきたの?』


彼の目が紅く光った気がした。
いや、気がしたのではない。
彼の目は、まさしく、確かに、紅く血のように紅く光ったはずだ。

これも、毎夜のことである。
彼の目は、普段は紅い訳ではないのに、時折紅く染まる。
黒いパーカーを着ているから尚更そう思うのだろう、
彼自身は夜に溶けて消えてしまいそうなのに、その目だけが闇のなかに残り、あたしを喰らいつくそうとするばかりに煌々と光る。
あたしはそれが恐ろしかった。


「ん〜、今日はね〜、君を」


"誘惑しにきたんだ〜っ"


妙に弾んだ声があたしの耳に届くよりも先に、彼はあたしに触れていたと思う。

なぜ気付かなかったのか。
彼は最初から笑ってなどいなかった。
目が、笑ってなどいなかったのだ。


「んっふふ〜、楽しみだなぁ♪楽しみだなぁ♪君はどんな風に啼くのかなぁ〜」


夜に紛れた彼の手が蛇のようにあたしの体を這いずり回る。


『っ…や、!!』


自分から放たれた、鼻にかかるような甘い声に驚いてあたしは慌てて口を塞ぐ。

彼の表情は上機嫌だった。


「声、我慢しちゃってさぁ。素直になればいいのに」


彼の指先があたしの体をなぞる度にぞくりとしたモノが這いずり回る。


素直になれだなんて、一体どの口が言うのだろう。
一番素直じゃないのはあんたのくせに


「ねぇ、どう?そろそろ認める気になったかい?」

『…っ、だれが…っ!!』

「ふ〜ん…、まだ言うんだぁー?」

『ひぁ…っ!!!!』


執拗に舐め上げられた耳からはまるで電流が走ったかのような快感が生じた。


「僕のこと、好きなんでしょ?早く素直になったらどうだい?まぁ僕はこのままでも十分楽しめちゃうからどっちだっていいんだけどね」


人懐っこそうな笑みを浮かべる彼はなんとも胡散臭かった。
こんな彼は知らない。
好きなんて、もっての他。

だってそれはあたしの知ってるカノではないのだから



『やめっ、っ…カノぉ!!』


アヤノ姉が死んでから、彼は変わった。
貼り付けたような笑顔はいつしか彼の平常になり、彼の本音もどこかに消えてしまった。まるで最初からそこになかったかのように。


カノが好きだったあたしはその事に耐えきれず、カノ達の傍を離れた。

そして数週間前、偶然カノと再会した。

その日からだ。
カノが毎夜あたしを訪ねてくるようになったのは


いや、違う。
こんなの、カノだって認めない

再会したカノは以前にも増して、カノ自身がどこにもいなかった。


『やだぁ…っ!いやっ、カノぉ…!!帰ってきてぇ…っ!』

「?なにいってるの?僕はここにいるよ?」

『ちがうっ!カノは…っ、カノはこんなこと…!!』


あたしの知ってるカノはこんなことするような奴じゃ…!!!!!


「それは心外だなぁ。僕は何も変わってないよ?昔から、僕は君が大好きだ。想いが少し黒く染まってしまっただけでね」


笑ったカノの表情はまるで泣いているかのようだった。
笑ってるのに泣いてる。
ホントにピエロみたいな奴だ。


『っあんたなんか、好きじゃない…!!!!』


そう言うと、なぜかカノの顔がホッとしたように見えた。


「うそつき」


あたしに覆い被さっていた彼はそっとあたしの上から体を退かして、あたしを起き上がらせる。

頬を優しく撫でてくるカノの手は昔と同じく温かかった。


「ねぇ。僕は、」


震えたカノの手は、確かに涙を流していた。








crazy your heart

(嫌い。あたしに嫌いだと言わせようと誘惑する、あんたなんか)

(うそつきはどっち?)





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