Slll・novel

□分からず屋にはこれくらいが丁度良い
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はらり、と紙を捲る音だけが響く。

周りには他のクラスメイトもいるはずなのにいないように錯覚するくらいその空間には二人きりだった。

文庫本に落とす視線も視界を遮る髪を耳にかける姿も全部一人占めな感覚だ。



…というか、ここまでガン見されて気付かないってどうよ

流石の俺も傷ついちゃうな〜



彼女が鈍いだなんて今さら考えなくても分かることを誰に語るでもなく心の中で話し続ける。

お隣とはなんだかんだで友達のポジションまで来ている。(と、俺は思ってる)

そんな付き合いの中で分かったのは恐ろしく鈍いということだ。

何事もまず行動に移さなければならないが彼女と接するにはまずそれが第一条件だ。

そして何よりも分かりやすくあること。


「ねぇ、ちょっと休憩しない?」


俺が話しかけると彼女は顔を上げて体ごとこちらを向いた。


『分かった。…御幸は今日もスコアブック…?』

「そーそー。これ、俺の愛読書だから」


にかっ、と笑いかけるも応答はない。

無表情なのもいつものことで俺は別にそれで構わない。

いつか俺だけがこの表情をコロコロ変えられるようになりたいから。


「はい、これ。いつものね」


ポケットからキャラメルを取り出すと彼女の手のひらに乗せる。

これもいつものこと。

他のものではなくどうしてもキャラメルなのは彼女の好物だからだ。

毎回毎回好きなものを買ってきてあげるだなんて、普通ならば好意が見え見えだけど彼女は違う。

これですらも分かりにくいと言うのだから困ったものだ。

いっそのこともっと踏み込むべきか。


「好きな人とかいる?」


そんな直球の言葉には反応した。

ショートカットが小さく揺れる。

と同時に俺も少し息が詰まった気がした。


『…』

「恋愛術、みたいな本で良いの知ってたら教えてくれよな」

『…読んだことが無い』


俺は息を吐き出して吸い込む。


「そっか。俺、好きな人いるから話だけでも聞いてくんねぇ?」

『…構わない』


意外にも本人からの了承が得られたので話始めることにした。


「マジか、サンキューな。倉持に話すと部活全体に知れ渡るからさ〜。…んでまずその子なんだけどすっげぇ鈍いの」


遠回しに、自分だと気づきにくいところから攻めていく。


「どう考えても周りより優遇されてるのに気づかないんだよな。最近結構話せるようになってきたんだけど話せるようになるまでが大変でさ」


真っ直ぐにこっちを見ている彼女と目があった。

意外とこういう話は嫌いじゃないのかもしれない。


「気配りが出来て実は誰よりも周り見てるんだけど誰にも気づかれてなくて、ときどき何故っ!?ってタイミングでドジる」


ちらり、と彼女の方を見るとまだ気づかないらしい。

まだ攻めないと気付かないか。


「見た目は可愛いって言うより美人寄りで賢くて、すごくおとなしい。で、無表情」

様子を再び伺おうと目線を会わせた瞬間彼女が口を開いた。


『いつからその子のこと知ってるの…?』

「高二で初めて同じクラスになってから。ほんと笑っちゃうくらい簡単に一目惚れ」
『そう』

「用もないのに話しかけてみたりとか、好かれるためにその子の愛読書読んでその本の話してみたりとか」

『本が好きなの、その子』

「うん、もう死ぬほど。いっつも読んでる。初めて話したときも本の話で、そのときは名簿とか読むのも好きって言ってた」

『…出席番号は前の方…?』


思わぬ質問に戸惑った。

出席番号とは恐らくおれの好きな人のことなのだろう。


気づきかけてる…?


「うん、前の方」

『そう。…頑張って』


って、え?話そこで終わり!?

そんな大事なとこで鈍感発揮し直す、普通!?


「誰か教えてあげようか?」

『…別に…っ!?///』


構わない、の言葉の代わりに柔らかい感触を味わう。

目の前には真っ赤な彼女がいた。


「これで分かった?」


こくり、と小さく頷く彼女の頭を撫でると『鈍感でごめん…』と帰ってきた。


「別にいいよ。その方が勇気だして踏み切れるし…キスも出来たし?」


ニヤニヤと笑う俺に更に真っ赤になる彼女はそりゃもうこの世で一番愛おしかった。




分からず屋にはこれくらいが丁度良い

(唇へのキスは愛情の証)





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