S・novel


□深窓の令嬢に
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プールサイドから図書室を見上げると今日も彼女がそこにいた。

窓際の席で静かにページを繰っている。

見ていると吸い込まれるようなそんな不思議な力を持った少女だった。



廊下ですれ違うことも時々あって、どうやら彼女は俺と同じ二年生らしかった。

近くで見ると一段と目を離しがたくて。

茶色の髪に聡明そうな眼、そしてどこか上品な気配。

例えるならそう、深窓のご令嬢。



「ねぇ、まこちゃんはさあの女の子好きなの?」

「へっ?!」


プールの修繕作業中、渚が突然変なことを言うから声が裏返った。


「え、だっていっつも見てるでしょ、あの子」


渚が指さす方向にはご令嬢の雰囲気の彼女がいた。


「べっ、別に好きとかそういうのじゃなくて…なんか不思議と吸い込まれるな〜…みたいな」

「それを恋って言うんだよ!!」

「なんだ、お前好きな人が出来たのか」

「誰ですか?!真琴先輩っ!!」


渚のデカイ声につられてハルや江ちゃんまで寄ってきた。

そしてあれこれ俺から聞き出して議論し始める。

そんなことをされたら流石に意識せざるを得なかった。



「やっぱり夜風は気持ちいいな」


彼女を意識し始めてから数日後、俺は夜風に誘われて家の近所をあてもなくぶらぶらとさまよっていた。

波の音が近くに聞こえて感傷的になる。

彼女のことが唐突に愛しく思えた。


「やっぱり好きなのかな…」


あの子に対する様々な感情を思い出しながら、前方にある家の窓を見上げた。


「え…?」


窓の中には月を見上げる白いワンピースを纏ったその人がいた。

ちらり、とその視線が俺に向けられる。

どうしよう、と思いながらも体がいつものように笑顔を作って手を振った。

するとカラカラと窓があいた。


『こんばんは。…こんな時間にどうしたの…?』

「え、俺のこと知ってるの?」

『橘真琴。水泳部の部長。…図書室の窓からいつも見えるから』


はじめて聞いた声にその言葉に体温が一気に上がる。


「夏になったらプールに水もはれて練習が始まるからその時になったらぜひ見に来てよ」

『…うん。プールの修繕作業、手伝ってもいい…?』

「え?いいけど…」

『ありがとう。…前から楽しそうでいいなって思ってた』

「じゃあ、明日の放課後、迎えに行くから。…おやすみ」

『わかった。おやすみ』


はじめて話せた彼女はやはり俺を惹きこんでいく。

明日からどうやって彼女と顔を合わせよう、そんな事を思いながら行き場のないこの想いを力に家路を走った。



深窓の令嬢に
(たとえ身分違いの恋でも構わないからせめて今だけは君に愛を囁きたいんだ)

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