√3xの心拍数
□√3→1×祭りの後の騒がしさ
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人ごみをすり抜けて放送室へ行き、迷子の放送を流してもらった。
下手に動いてもいけないのでしばらくここで待つ。
数十分経過しても親は現れなかった。
と、ついに我慢の糸が切れたのか男の子が指で遊び始めた。
『悠太くん、おねえちゃんがなんか買ってきてあげようか?』
子供目線に下げて話しかけるが、変わらずつまらなさそうである。
「ぼく…自分で買いに行きたい…」
困ったな…とあたしは心の中で呟く。
ごねられても困るし、ここから離れると親とすれ違ってしまう可能性もある。
「大丈夫だよ、咲良ちゃん」
突然、放送部の子がそう言った。
「私と咲良ちゃん、携帯の番号交換してるでしょ?ここに親が来たら連絡する、そっちが先に会ったら連絡してきてよ」
『え?いいの?』
「いいよ、いいよ〜。咲良ちゃんも生徒会で忙しいのに学園祭楽しめなくなっちゃうよ」
『…じゃあ、ご厚意に甘えて…行こうか、悠太くん』
手を握ると男の子は目を輝かせた。
『悠太くん、何食べたい?』
「クレープ!!」
あたしは返事をして、自作のパンフレットを片手に歩き出した。
クレープの屋台を目指しているといかにもガラが悪いです、という空気を纏った人が見えた。
灰崎だ。あいつはやばい、少なくともこんな純真な子供と鉢合わせてはいけない。
「あ?結澄じゃん。どこ行くんだよ?」
『…灰崎。クレープ買いに行くの。じゃあね』
「じゃあ俺もついて行くぜ」
できる限り接触を持たないように返事をしたのに付きまとってくる。
『あたし一人で大丈夫よ』
「そんなちいせぇガキ連れてちいせぇお前がか?無理だろやめとけっての。ついてってやるからさー」
にやにやといやらしい笑みを浮かべて肩に手をまわしてくる。
悠太くんの顔が不安げになってくる。
まずい。そろそろこいつを撒かないと悠太くんが可哀想だ。
『だからいらないって言ってんでしょ。あんたくらいなら誘える女の子いっぱいいるでしょ』
「そーっスよ」
あたしが最後の一手とばかりに言い放って灰崎の横を通り過ぎようとしたとき聞き馴染んだのとは違う、低い声がした。
しかしそれは打って変わっていつもの声に戻る。
「結澄っち〜、酷いっスよ置いていくなんて〜。…だから結澄っちは俺と行くからアンタは他当たってくれる?」
「…ハッ。いいぜ、好きにしろよそんな女」
嘲るように笑った灰崎はそのまま人ごみへと消えていった。
それはいい。けど…
『黄瀬…?』
「大丈夫だったっスか?!結澄っち!!」
『うわっ?!大丈夫だから!!…よかった』
一瞬、黄瀬が別人に見えた。
いつもは感じもしない暗くて怖い黄瀬がそこにいたはずなのにいつの間にかいつもに戻っていた。
「ん?何か言ったっスか?」
『いや…それよりありがとね』
「ふふっ、結澄っちの役に立てて嬉しいっス!!」
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