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□素直じゃないところとか
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『ぅぶえっくしゅん!!!』


壁外調査がない今日、黙々と事務職をこなすリヴァイ班で、女のモノだとは思えないようなくしゃみが大音量に響いた。
それはまぁ、くっきりと


くしゃみの後に押し寄せてくる、むずかゆいような喉の痛みと鼻水に不快感を感じながらも、それを上回る不快感を感じさせるリヴァイ兵長の視線を全身に感じた。


「おい」


地を這うような声と、いつもよりも更に凶悪そうなその強面に刻まれた眉間の皺は普段よりも更に濃い。


『…何ですか?』

「汚ねェ」


それはさっきのくしゃみについてのことか
それともくしゃみのせいで垂れ流れてきたこの鼻水について言っているのか
おそらく両方であるが、この言い方はあんまりではなかろうか。
ここはさりげなくティッシュでも渡すのが男のたしなみというもので…いや、兵長がそんなことしたら一体どうしたのか、それこそ熱があるのではと心配になるけれど


ズピーッと盛大に音を立てながらティッシュに噴射すれば幾らか楽になった気がする。
ほぅ…と息を吐いて、くるめたティッシュをゴミ箱に捨てて
それでも未だに感じるこの視線はどうしたものか
まさかくしゃみで飛んだ菌まで処理しろとでも?
兵長なら言いそうである。


窓を開けるにも今開ければ入ってきた風でせっかく片付けた書類が飛んでしまうかもしれない。
どうすることもできず、だがあたしはこの視線から早々に逃れたいが為に頭をフル回転させながら打開策を見つけていた。


「あ、ねぇ。これハンジ分隊長のところにまで届けにいってくれないかしら?」


気を利かせてくれたのか、はたまた偶然なのかは知らないが、まさに今のあたしには神様のようにさえ聞こえたペトラの声


『行ってきますッ!!』


ペトラから奪いさるがごとく受け取った書類を抱えながら、全力で部屋を後にした。









「……心配ならそうと言えば良いじゃないですか」

「うるせェ」




**



ハンジ分隊長の所まで書類を無事送り届けたまではいいが、如何せん、全速力で走ったせいか頭がずきずきと痛んだ。

さっきのくしゃみといい、これは完璧に風邪を引いた


あぁ、もう
風邪なんて引いたらまた兵長に睨まれる。
理不尽ではあるが


ぐるぐると回る視界が急激にぐにゃりと歪み出して、雪崩落ちるかのように意識がブラックアウトした。


『っいた!』


しかし、ブラックアウトしたと思われたその数秒後、引きずり戻されるように意識が痛みによって戻された。

ぼやける視界でじっと目の前の人物を見つめるとそれが兵長だということに気づいた。


「こんなとこで寝るんじゃねェ。グズ」

『………、』


そんな言葉と共に、突然訪れた背中と膝の裏に感じた温もりは、今のあたしの沸騰した頭ではうまく理解できなかったが、次の瞬間感じた浮遊感により、漸く今自分がリヴァイ兵長にお姫様だっこをされているのだと気が付いた。


『やっ、ちょ…、放してくださいっ』


足をジタバタとさせて脱出を試みたが、ガッチリと固定されていてその行為は全く意味をなさなかった。
それどころか体力を消耗しただけ

クラリと目眩を感じて眉を潜めながら、諦めたように息をついてすぐ近くにあるリヴァイ兵長の顔にチラリと目をやると、鋭い目に僅かに心配の色が見えたような気がして頬が赤まる感覚がした。
まぁ、気のせいだろうけど


ふいっと顔を逸らせば今度は兵長からの視線を感じたような気がした。





ガラッと、それも叩きつけるように開かれた医務室の扉を跨いで、無遠慮に中に侵入していくリヴァイ兵長は医務室の奥にある真っ白なベッドの上にあたしを放りなげた。


『ちょっ、何も投げることないじゃないですかっ!?…ッ!』


咄嗟に出した大声で頭がキーンと痛んだ。


そんなあたしをチラリと一瞥した兵長


「自分の体調管理も満足にできねェ能無しが文句言ってんじゃねェよ…」

『っ…』

「はぁ…ったく…」


兵長の手がそっとあたしの髪を撫でた。


『…へい…ちょ?』

「あ゛?」


名前を呼ぶと凄い勢いで睨まれた。
なんだ、なんだっていうんだ


『やめてください。…髪触られるの嫌いなんです』

「能無しの指図はうけねェ」

『なっ!そんな能無し能無しって言わなくても!?っ痛!』


また強烈な痛みが頭を走った。
…くそ、これさっきもやったな

恨めしそうに兵長を睨めば、ほら見ろと言わんばかりの顔だった。


「はぁ…。ちゃんとわかってんだよ。俺に追い付こうと必死にてめェが頑張ってることくらい」

『!!』


突然何を言い出すのか
この人は


「頑張るなとは言わねェ。いつ死んでもわかんねェんだ。力を望むことは悪いことじゃねェよ」


するりと髪を撫でていた兵長の手があたしの手首までのびてきてぎゅっと掴んだ。


「だがもう少し自分のことも考えろ」


掴んだあたしの手を口許まで持っていく。
まるでキスを落としているかのようだ


『っそんなこと、兵長に言われなくたって、』


視線がかち合う。
兵長の目は普段の態度からは感じられないような、愛しいものを見るような目で思わず口をつぐんだ。



「チッ。減らず口もここまで徹底してると立派なモンだな」

『うるさい…です』

「、…まぁ、いい」



明らかに何かをいいかけて兵長は口を閉じた。
なんだ、と視線を投げ掛ける。
だがキッと睨まれた視線におそらく聞き返しても答えてくれないのだろうと推測した。


途端、ガリッと音を立てて先程から捕まれていた方の指をまさしく噛みちぎるほどの勢いで噛まれた。
うっすらと血が滲む。


『っ!!!何するんですかァ…っ』

「聞き分けのねェ能無しにいくら言い聞かせても無駄だ。やめだ」

『指を噛んだ理由になってません!』

「おい」

『…はい』

「その歯形が消えるまでに体調戻してこい」

『は…?』


聞き返した声には一切答えず兵長はきた道をまっすぐ去っていってしまった。

医務室はたちまちあたし一人の空間になってしまった。


無音のこの部屋のなかで、兵長の行動の真意を掴むためにじっと噛まれた指を見つめてみる。

血が滲んだ指は兵長の歯形がくっきりと後をつけていた。
でもどんなに長くても2、3日経てば消えてしまうだろうに


『その間に風邪を治せって…、また理不尽なこと言うんだから…』


今ここに誰もいなくてよかった
にやついた顔を見られなくてすむ。


『早く、追い付きたい』



“わかってんだよ”
また、そう言うリヴァイ兵長の声が聞こえた気がした。





素直じゃないところとか


(ねぇ、エレン)
(なんですか?ペトラさん)
(あの二人って、よく似てるよね)
(…?そうですか?)



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