桜/魂
□ただ呆然と片鱗は
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その日の夜のこと、あたしは片手に手に寄せ書き用の紙をもって、銀時の部屋に向かった。
『銀時、入るわよ』
ノック(襖だからノックするのもおかしいけど)もなしに突然入るが、今更なことだから銀時は何も言わない。
あたしの手にあるその紙を一瞥して、口を開いた。
「先生に見付かってないだろーなァ?」
『当たり前でしょ。ってゆーか今先生いないわ。出掛けてる』
「またかよ…?最近多くねェか…?」
『……、』
確かに銀時の言う通り、最近松陽先生が外出することが増えたと思う。
それも、あたし達に行き先を告げずに…
先生はあたし達とは違って大人だし、どっか出掛けてもちゃんと帰ってくるからそこまで気にしていなかったけれど…
確かに変な気もする
『まぁでも、今はその方が見付からないで済むし!さ、先生が帰って来ない間に書き終えるわよ!!!!』
違和感と、少し胸の内に広がり始めた嫌な予感を頭の隅に追いやるかのように、少し大きめの声を出して明るく言えば銀時もそうだな、といって準備をし始めた。
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『さて、なんて書く?あたしらは特に先生にお世話になってる身だしちゃんと書かないとね』
「俺こーゆうの苦手なんだよなー…」
隣にならんで一つの紙に文字を綴っていく。
真っ白な紙に黒の文字が綴られていくあたしのスペースとは反対に、銀時のスペースは殆ど白いままだった。
っていうか
『え、あんたそれだけ…?』
ありがとう。と、一言だけ書いて、あとは何も書かれていなかった。
「いーんだよこれでっ。シンプルイズベストってやつゥ。俺の気持ちはちゃぁんと此処に込めたから大丈夫なんだっつーの」
『ふーん…』
ま、いっか。
人それぞれだし。
あたしも銀時も書き終えたその台紙を明日はヅラにでも回すとでもして…
『………。…さっきからなに?ジロジロと』
ギクゥッ!と肩を大袈裟に揺らした銀時を見遣ると銀時は気まずそうに目を逸らした。
「な…、なんでもねェよ」
『…?』
それでもまだチラチラと見てくるから、眉間にシワを寄せて、なに?ともう一度きく。
なかなか口を割ろうとしない銀時に痺れを切らしてゆっくりと近付いていけば
「だあああああああああっ!!!!近ェ!!!近ェってッ!?!?」
顔を赤くして、勢いよく離れていく銀時に、なに?と首を傾げれば
「っ!な、なんでもねェよ!!!!」
と、やはり教えてはくれず、そのあともこの一言の一点張りで結局あたしが諦めて折れるという結果におちついた。
『…それじゃ、寄せ書きも書き終えたことだしあたしは部屋に戻るね?』
「おー…。さっさと行けっての」
その会話を終いに、あたしは銀時の部屋の襖を閉めた。
ガラガラガラ…
あたしが部屋の襖を閉めたのと同時に玄関の方で扉が開く音が聞こえてきた。
松陽先生だ!帰ってきた!!!!
慌てて自分の部屋に寄せ書きの色紙を片付けに行き、走って松陽先生を出迎えに行けば、そこには変わらない笑顔の先生があたしにただいまと、笑いかけた。
安堵したようにあたしは息を軽く吐き出して、おかえりと言えば松陽は今日のご飯は何ですか?と他愛ない話をし始めた。
話をしながら廊下を歩いていると声を聞き付けて部屋から出てきた銀時があたし達と足並みを合わせて歩く。
「おかえり先生」
「えぇ。ただいま。食事の前に荷物を部屋に置いてきますね」
部屋の方向に歩いていく松陽先生の後ろ姿を見詰めていると、横にいる銀時がボソリと
「俺の気のせいだったみてェだな」
そう言ったあと、一足先に居間へと歩いていった。
その後何事もなく居間へと姿を現した松陽先生を見てあたしの中の不安も消え失せ、いつものように仲良く食卓を囲んだ。
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