桜/魂


□業火に飛び込むその思い
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海を2つに切り裂きながら船が進むこと数時間


辰馬の嘔吐やらなんやら色々あったが、夜もすっかり明けて漸く岸が見えてきた。


『長州…』


あたしが、私たちが学んだ松下村塾があった場所


『…、先生』



きっと、きっと助け出してみせるからね


拳を握り締め、決意を胸に立ち上がるとちょうどタイミングよく部屋の扉が開かれた。


「結澄さん。もうすぐ向こうの岸につきます。着陸用の小船に乗り換えますのでこちらへ」

『そう。ありがとう。
辰馬は?』

「辰馬さんなら甲板で向こうの岸を見据えてらっしゃいます
流石、これから戦いに赴く場所をしっかりと見据える辰馬さんには感服させられます…!」

『そう』


しっかりと見据える、ねぇ…
あの頭すっからかん男の事だから大方酔わないように山でも見てるんでしょうけど…


本当に何から何まで詐欺師のような男だ。


『じゃ、行きましょうか
同盟を組むっていっても嘗められたら終わりよ
辰馬じゃそこら辺心もとないしね』

「はいっ!!!!」





**




バカでけェ舟から降りて、こちらへ向かってくる奴らの真ん中にいる男がおそらく桂浜の龍というやつなのだろう
総じてボンボンとは気が合わねェ
それに、小舟に移動するとき、他のやつらに手ェ引かれて降りてた女が鬼姫ってところか
周りの奴らにチヤホヤされて、いい気なもんだ
遠くて顔はよく見えねェが、………気に入らねェ
ここは遊び場じゃねェんだよ
そこら辺キチッとわからせてやらねェと



漸く顔が見える距離までやってきた。
女の顔は影になっていてよく見えねェ
だが、桂浜の龍、そいつの顔はしっかり見えた
舟の真ん前で腕を組みながら仁王立ちをし、始終にやけ面
なんだこいつ、腹立つな


「何笑ってんだあの野郎」


どうやら俺の隣でふんぞり返っているどっかのチビもおんなじことを思っていたようで、青筋を立てながらそう言っている。



「てめっ高杉くんナメてんじゃねーぞ!!」


ヅラの止める声も聞かず、メンチを切る俺と高杉
ギーコギーコじゃねェよ、海賊気分ですか?コノヤロー
仲間に舟漕がせて調子のってんのかこんちくしょー



「高杉君じゃねーよ
てめェのせいでナメられてんだろが」


俺の恫喝に不服があったらしいのは目の前の男ではなく、俺の横にいるちっさい方のボンボンだった
これだからボンボンは短気でいけねェ


俺は高杉の不平不満を無視して続ける。


「上等だ
こういうのは最初が肝心だ
どっちが指揮ってるかハッキリさせとくか

おいてめェ
何ヘラヘラしてんだ
高杉くんのどこがおかしいんだ
高い所か、低いのに高い所か」


援軍だかなんだか知らねェが、調子のってんじゃねェぞ
こちとらてめェらのごっこ遊びに付き合ってる程暇じゃねェんだ
高杉くん遊びで忙しいんだよ



「ナメてんのはてめェだろ」

「こう見えても高杉くんはなァ
多毛さんの3倍友達少ねーぞ」

「身長じゃねーのかよ」

「戦場ナメてると死ぬぞ
さっさと田舎に帰れ
こちとら援軍なんざ必要ねーんだよ!!」



もう目と鼻の先までやってきた舟
俺達の恫喝を一身に受けてるその男は未だに笑顔を浮かべたまま、まったく動かない


"オイ何ガン無視くれてんだ
マジあんまナメてっと攘夷しちゃうよ
外夷排しちゃうよ"


と、もう一発くれてやるが、それでもその男は未だに笑っている
それどころか、ちょっ、なんかプルプルしてんですけどォォォ?
はぁ?なに?ナメてんの?
笑ってんじゃねェ!!!!!!


「高杉くんコレやっちゃう?
天誅いっとく?」



しかしその男はまったく俺達の恫喝に動じねェ

それどころか、俺達には目もくれず
戦場を見据えて笑ってやがる


ただのボンボンの甘ちゃんじゃねェってことか


コイツは…
とんでもねェ男かもしれねェ
とんでもねェ大器が現れたのかもしれねェ



思っていた以上に、桂浜の龍という奴はとんでもねェ奴なのかもしれねェ

そう思った矢先に俺達に襲いかかってきたのは敵襲でもなんでもなく、



ヤツの ゲロだった。



「「………」」

「あゴメン…
船ば酔って気持ち悪うなってしもうて…
遠くの景色眺めてたき、気付かんかった…」


"おまんら、誰…?"

奴がそう言ったのを皮切りに、
顔面ゲロまみれのモザイクだらけになっちまった俺と高杉は叫ぶ



「「天誅ぅぅぅぅぅ!!」」


と。


しかしそのすぐあとにやってきたのは第二波


ドゴォォォなんて可愛らしくもねェ音と共にやってきたのは大きな影

ゲロまみれになった視界の中で見えたのは、焦ったような奴の顔と、靡く黒い髪
そして何かを蹴りあげたと察せられる女の姿


押し潰されて真っ暗になる視界の中で聴こえてきたのは
どこか聞き覚えのある声




『あーもうまどろっこしいわねェ…
こういうのは最初が大事なのよ
あんたもなんか言ってやんなよバカ辰馬』


そんなわけがねェと思いながらと確認せずにはいられねェ

現実味のないその声が、忘れられないその声が

今ここにあるのを、確認せずにはいられねェ


慌てて、俺達にのし掛かっているその巨体を退かして
俺達を見下ろすその人物を仰ぐ



「お前…!!!!!」


遠くでヅラの動揺したような声が聴こえた気がした。



その人物は言う 高らかに



『奇遇ですね、お三方』


と。





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