桜/魂


□泣鬼
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先生が幕府の人間に身柄を捕らえられてから数年


あたしは戦場にいた


きっとあいつらも、薄暗くて血生臭くて汚い、この戦場のどこかにいる


月日と運命はあたしたちを残酷に変えた。












*


「今宵の戦は我らの勝利だあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


攘夷戦争に出ている人達の中にも、“隊”というものがあり、そのうちの1つであろう隊のトップであると見受けられる人物が、声を高らかにして叫びを上げた。

彼の周りでも沢山の戦士たちが、歓喜に声をあげ始める。



『ふぅ…』


とりあえずは、ひと安心というところか

刀を鞘に収めて、血が滲んで少し赤黒くなってしまった、二つに結んだ黒い髪を手で軽くとかす。



しばらくは無言でただまっすぐに歩みを進めていると



「おい…、あいつ女じゃねぇの…?」
「なんで女なんかがここにいんだ…?」


こそこそと、まるで舐めるような目付きでこちらを見やりながら度々にそういう声が聞こえてくる。


うっわ、感じ悪っ
偏見…?
そーゆーの良くないと思うなーあたし


おちゃらけたように心で呟いてみても、なかなか気が晴れることはない。

ま、さしづめ、女であるあたしに、自分よりも戦果を上げられて妬んでいるのだろう

京女かおめーら
ネチネチネチネチ


心の中で小さく舌打ちを繰り返すが当然それは、彼らに聞こえることはなく、あたしに向けられたその言葉も止むことはなかった。














*


「明日の戦の陣営はこれでいく」


蝋燭の火が照らし出しているが、やはり薄暗くてあるこの部屋で、隊のリーダーである男が少し黄ばんだ紙を広げながら、短くそういった。


周りの戦士達がざわりとよどめきだす。


『!?』


それはあたしも例外ではなく、その示し出された紙を、そんなバカな。なにかの間違いだろう、と見つめる。
が、その紙に記された文字は何度見ても同じ、冷たくて汚い現実をあたしに突き付けるのみであった。



「明日の戦、敵の大将の首は結澄に獲りにいってもらう。異論はないな?」


…それは構わない。
別にそのことについて動揺したわけではない。

ありえない、ほんとにありえないのはむしろあたし以外の人物の配置。



彼らの配置は殆ど、敵のゲリラ戦に迎え伐つだけのもの。

つまり、彼らの殆どが、敵の主力とは戦わない位置にある。


そして、肝心な…敵の大将を含めた主力戦にはあたしと、ごく数名のものしか配置されていなかった。



『なっ!?なによこれっ!!!!こんなの絶対におかしいじゃない…っ!!考え直して「おかしい…?おかしいのはお前だろう?女の身の分際で剣を振るい、戦線に参加するなど。さぞかし腕に自慢があるのだろう?ならばこの程度のことなんの問題もあるまい?」



なんだ、その馬鹿げた理由は
右も、左も、前も、後ろも。
誰一人としてこの馬鹿げた陣営に文句は言わない。

それどころか、まるでそれが正しいみたいに…



なんか、馬鹿みたい。
泣きそうよ、もう

みんな、みんな、自分のことしか考えてないクズばっかなんだから


『…はぁ。ほんっとにもう、…胸糞悪いことこの上ないわ』



どいつもこいつも、腐ってるよ



『…わかりました。異論はありません』


あたしの言葉にまたも周囲がざわめきだす。


『ただし、彼らの配置はもう一度考慮してやってください。こんな、明らかに私情を混ぜたような陣営の組み方じゃ彼らは納得しないでしょう。…主力はあたし一人でも十分ですし』


彼らとは、勿論あたしと一緒に主力の討伐に組み込まれた数名のことである。

彼らもきっと、あたしと同じく、邪魔物、というやつなのだろう



あたしの言わんとしていることがわかったのか、隊のリーダーが眉間にどきついシワを寄せ、目元をひくつかせる。


が、すぐに表情をにこやかに変えては


「いいだろう。この陣営は組み直そう」


と穏やかに告げた。


あたしはそんな男をまるで軽蔑するように視線を1つ送って、あとはまるでなにもないかのように誰もいない方へ歩き出す。

ここにはもう、用はない。



明日の戦の準備でもしに行こう



明らかに命の危険が高い役をあんなに啖呵をきって引き受けてしまったのだから、しっかりと役目をこなしてあいつらの鼻を折ってやらなければ。

どこぞの目付きの悪いチビ(あたしの方がちっさいけど、そこはどうでもいい)の思考に感化されたかもしれない。
あー、あたしが死んだらやつのせいってことにしとこっか

死なないけど。















「ちっ、小娘が生意気いいやがって…!!おい!そこのてめぇら!てめぇらは主力陣営からゲリラ戦に陣営に移動だ!!いいなっ!?」

「は、はい…!」

「ちっ…!!!!」



当たり散らすように、さっき主力戦に組み込まれていた数名にそう告げれば、今度はその返事も聞かず、腹正しくて仕方ないように足音を鳴らしながら、盛大な舌打ちを残して男もその部屋をあとにした。




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