√3xの心拍数
□√1×LR
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雨音を聞きながら傘を開いた。
現在梅雨の真っ只中、今朝見てきた天気予報通りに午後から雨が降り始めた。
すでに出来ている大きな水溜まりたちを避けながら歩き出したとき背後でコツン、と音がした。
下校時刻は既に過ぎている。
こんな時間までここにいるのは大概がバスケ部だが今日は俺が最後だったはず。
気になって振り返ってみるとそこにはクラスメイトの神城珠央がいた。
神城さんは俺をちらりと一瞥すると何を話しかけるでもなく青色の傘を開いた。
率直に言うと俺は神城珠央に気がある。
気がある、というと少し言い過ぎかも知れないが少し他の女子よりも気になる存在だ。
大人しく、頭がよく切れる、そしてどことなく漂う気品。
誰とグループになるわけでもなく教室では読書にいそしんでいる。
そんな彼女に声をかけたのはやはり気があったからなのかもしれない。
「やあ、神城さん。こんな時間まで何をしてたんだ?」
『…生徒会の仕事。…赤司は部活?』
「へぇ、生徒会なのか。お疲れ様。俺は部活だ」
『赤司もお疲れ様…うちのバスケ部は強豪だから大変だと聞いた。一年で一軍に入った人も今までいなかったって。けど一年で一軍の赤司はすごい』
「入れただけだ。結果を残せなければ意味はない」
しまった、と思ったときにはもう遅く憎たらしい言葉が飛び出た。
俺は時々、ストイックと言われる性格から誉め言葉を跳ね返す癖がある。
『それは確かにそう。入れただけで満足していては上に行けない…』
驚いて隣を見る。
いつもなら嫌な顔をされるはずなのに神城さんはそんな顔ひとつせずこちらを見据えている。
返す言葉も見つからなくて、俺は話題を変えることにした。
「家、どっちの方向?」
彼女が指差した方向は俺と同じだったので家路を共にすることにした。
「神城さんは部活には入らないのか?」
『生徒会、割りと忙しいから』
「そうか。こんな時間まで残ってるくらいだしな」
神城さんは自分から話題を広げる人物ではないようだ。
さっきから俺が一方的に話しかけている。
「…そういえばいつも本を読んでいるけどだいたいどんなジャンルが好みなんだ?」
そう聞くと彼女は小さく口を開けて「ミステリー」と答えた。
続いて、あまり有名ではないが作家の名前をあげた。
「ああ、その作家なら俺も知っている。代表作くらいしか読んだことはないが…」
『あの人の話はとても面白い。引き込まれるというか、ずっと螺旋階段を登ってる気持ち…どうして登っているかは分からないけど登らないといけない気がする。不思議』
「じゃあ今度貸してくれないか?読んでみたい」
『分かった』
本の話となると神城さんは饒舌になるようだ。
彼女の話からは落ち着いた感じがした。
同年代の女子と比べると思慮の深さと育ちのよさがうかがえる、良い家柄の生まれなのだろうと思った。
しばらく本の話をして歩き続けていると神城さんは足を止めた。
『ウチ、ここに寄っていくから』
「家はまだ先だろうし、送っていく。一緒に寄っていくよ」
と、彼女が背にして立っている建物を見上げた。
スーパーだった。
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