桜/魂
□紫煙の慕情
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気持ち悪ィ。
胸のなかが泥々として、心臓の周辺に真っ黒いもんがこびりついて、こびりついて…
重たくて仕方がねェ
あいつは、泣かなかった。
あいつの渾身の訴えを聞いておきながらそれでも聞く耳持たなかった俺を見て、あいつは、泣かなかった。
「…、(…んて表情して笑ってやがんだ)」
今にも大粒の涙が溢れ落ちそうなくらい目を少し見開いて、今度こそ泣くかな
あぁ、泣けばいいのに、なんて
そう思ったのに。
いつも間にできたのか
俺の手のひらには爪が食い込んだような傷がいくつもできあがっていて、弧を描くようなその傷の形がまたあいつのあの時の表情を思い出させた。
「………ダッセ」
「よぉく解ってんじゃねェか」
……出たよ。絶対ェ来ると思った。
「……やぁ、高杉さん家の晋助くん今日も相変わらずお暇なようで」
清々しいほどのドヤ顔を浮かべながら相も変わらず俺を嘲笑いに来やがったチビ大将
思えばこいつは昔っから俺があいつのことを考える度にこうして嫌味を言いにやってくんだ。
ほんと、良い性格してらァ
あれ、でも、なんか
「…なんでそんな怒ってるわけ?」
昔っからこうやって俺があいつと喧嘩をする度に嫌味を言いにやってくる高杉だったが、こんな顔してるこいつを見るのは初めてで少しだけ面食らった。
「…怒ってねェよ」
「いや怒ってんだろ、どー見ても」
「怒ってねェつってんだろ」
「つーか怒られる意味がわかんねェんだけど。ほっとけってんだ」
「だから怒ってねェっていってんだろーが」
そう言う割りには顔が怒ってんだよこのクソチビ野郎が。
お前が悪いとでも言いたげな表情と、今にも説教が始まりそうなその雰囲気が鼻につく。
どーせてめェも"咲良の気持ちも考えろ"とか言うんだろ
他の野郎にも口々に言われたってんだざまァみろ。
眉間に深々と皺を寄せまくって、"んだコラ"と威嚇する。
そんな俺を見て高杉は微塵も表情を変えることなく口を開いた。
「……なァ銀時、独り言なんだがよォ」
想像もしてなかった切り出しに少し目を見開いた。
「俺ァ戦場(ここ)にあの人を取り戻すためにやってきた。それは俺の勝手だ。そしててめェらもてめェらなりの理由で戦場にきた。
勿論あいつもな。
だが、俺ァあいつの勝手が気に入らねェ
あの場所で大人しく待ってられるような女じゃねェとは思っていたけどな、こんな血なまぐせぇ畦道であいつが地べた這いずりまわる姿を想像するだけで吐き気がすらァ
他人の臭ェ血を全身に浴びるアイツを想像するだけで腸が煮え繰り返る」
独り言、そう称して吐露された高杉の本音にドロッとこびりついた心臓が少しだけ軽くなるような、してもらえるような期待をした。
まるで同類を見つけたかのように俺の脳みそが短絡的に喜んでいた。
「…けどなァ」
その、逆説を示す言葉が続いてハッとした。
「どーせ俺らがいくら気に入らねェとごねようが、あいつは曲がらねェよ
昔っからあいつは何一つ俺らの言うことを聞きやしねェ」
また、ドロドロとして黒いものが心臓ん中を覆い始めた。
「だから"あん時"から、決めてんだ」
"俺ァただ護るだけだってよォ"
気付けばその場には俺しかいなかった。
言いたいことだけいって、とっととどっか行きやがって
本当に独り言言いにきただけかよ。
胸ん中がズクズクに腐り落ちそうなくれェの胸くその悪さを感じながら、手のひらにピリリと小さく感じた痛みに視線をやる。
そこにはあの時のあいつの表情と、"ただ護るだけ"そう言ったあいつの覚悟を決めたような面が深々と刻まれていた。
紫煙の慕情
(どいつもこいつも眩しくてしょうがねェ)
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