夢の世界へ
□ルーレットの針は何を指す。
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ラビットドリームランドでは結局ラビット君には出会えず終いで、例の件以後マダラは自分の気持ちに戸惑いを隠せずにいた。
カーテンの隙間から薄く差し込む朝日を背に、ベッド脇に座りながら自分の掌を見詰める。かつて、忍の世界に居た頃は数え切れない程の人間をこの手で殺めてきた。
だが、そんな薄汚れた手を美月は強く握り『私の為に汚さないで』と言った。
正直、今更何を…と思った。
今更手に掛ける人数が一人二人増えた所で何も変わらない。それを美月は解っていない、俺の事を解っていないだけ…。
それなら自分がどういう男なのか、解らせてやろうかと逃げて行った男の背を捉えたが、視界に映った美月の悲しげな顔を見てそれは憚られた。
“知ってほしくない”
美月には本当の俺を、平気で人を利用し意の向くままに操り葬る俺を…知って欲しくないと思ったんだ。
出来るなら今のままで…
荒波の様に押し上げて来るこの黒々とした気持ちを、美月には知られぬまま居られたら…どんなに楽なのだろう。
「…そろそろ潮時か」
徐に右手を踊らせれば、低い音と共に時空か歪む。
この世界に飛ばされた次の日から、何とか時空を調節して元の世界へと繋げる事に成功したのはつい最近になってから。
異世界というだけあって…やはりそれは簡単な事では無かったが漸くその時は来た。
だが本来異世界などに繋がる術など無く、この時空の乱れは後少しで完全に修復される。つまり、もう二度とこちらの世界と時空が繋がるという事は無いのだ。
美月に会える事も叶わない。
「それでも俺は、」
俺には、自分の世界で果たさなければならない“役目”があるから。
「夏休み?」
「はい!もうすぐ夏休みで、学校も少し長いお休みになるんです!」
朝食の甘いトースト(フレンチなんとか)をかじりながら、美月が嬉しそうに瞳を輝かせた。
「学校が休みなら、美月はバイトで忙しいんじゃないのか?」
「う……。ま、まぁそうなんですけど。そうなんですけどね、でも今年はバイトを減らして遊びに行くのも良いかなー…と思ってるんです」
「遊び?」
「…はい!海とかバーベキューとか海水浴とか水族館に、はたまた海とか!」
「海ばかりだな」
こんなに興奮した美月を見るのは、先のドリーム何とかランド以来だな。と思い、その興奮振りがまるで幼子のようでつい笑ってしまう。
それに気づいたのか、唇を尖らせて黙り込む所もまた子供のソレだ。
「…笑わないで下さい」
「いや、悪かった。クク…」
「まだ笑ってるじゃないですか!…でも、まぁ良いです。それより夏休みは、一緒に海に行きましょうね?」
美月の直ぐ後ろに立て掛けてあるカレンダーを見ると、一週間くらい後に赤い花丸印が目につく。
…きっとアレが夏休みの始まりなのだろう。なんて解り易い幼稚な印なんだ、と思ったが口に出さない事にした。
「…マダラさん?海、ダメですか?」
不安に満ちた声に思わずハっとすると、先程とは打って変わり、縋り付くような瞳とぶつかる。
「あの、もし無理なら良いんです!マダラさんにもマダラさんの事情とか予定とか…色々あると思うんで!」
今の話は無かった事にして下さい。と言って動揺丸出しに立ち上がった美月の腕を掴み、その細い腕を繋ぎ止めるように言葉は流れていた。
「今から行こう」
「え…、でも今日は学校が…」
「休め。今直ぐ行こう」
美月の都合を無視して支度をさせる俺も、存外幼稚なのだろうか。