夢の世界へ

□先に堕ちたのは僕
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※幼少期イズナ視点





「兄さん、兄さん!僕ね、今日お庭でカブトムシ見つけたんだ!」


修業から帰って来た兄さんは、いつも汗で着物が身体に張り付いている。毎日朝早くから出掛けては、日が沈む頃に帰って来る兄さんを、僕はただ待っているのが常だった。


「それで、そのカブトムシはどうした?」

そんなに歳が離れている訳では無いのに、兄さんは僕から見ても、周りの子供達よりずっと大人びて見えた。


「こ、怖くて触れなかった」

「…イズナ、お前も男なら庭で遊んでいるだけじゃなくて修業をしろ。力を付けなければ戦場にだって立てないぞ」

「僕、強くなんてならなくてもいいよ」

「…とにかく、俺は明日も修業だから一人で遊べ。家の庭ばかりでなくて、たまには外に出てみろ」

「でも、一人じゃ怖い」

「いつまでもオレに甘えるな」


父も母も亡くした僕にとって、親というものがどんな存在なのか解らないけど…兄さんは僕にとって、たった一人の大切な家族だった。


「じゃあ…明日は林の方に行ってみる」

「よし、良い子だ」









外は怖い。

大人達は皆、いつも眼をギラギラさせてはどうやって敵を殺すかで頭が一杯だ。同じ歳の子供達も、いつも棒を振り回して“戦争ごっこ”。


この世界は、いつも血の匂いがする。


だから思ったんだ…


この林で君を見た時、僕は君を天使だと思った。君は何色にも染まらない、不思議な雰囲気を纏っていた。そして一瞬にして…僕を惑わせた。





「あの、」

「え…?」

振り向いた少女は、やっぱり綺麗で…黒い瞳と黒い髪が、少女の白さをより一層際立てている。


「は、はじめまして!イズナって言います……あの」


君の、名前は…?

「私は凜音。よろしくね、イズナ!」


君が笑った…

僕に向かって笑ったんだ。


「っ…よろしく、凜音ちゃん!」


この時、この瞬間から…


僕は君に恋に落ちた。









凜音ちゃんと出会ってから数ヶ月、僕達はいつもの様に林で遊んでいた。凜音ちゃんには両親が居るみたいだけど、二人共戦争に狩り出されて、家には殆ど居ないと言っていた。


昔、兄さんの修業に付き合わされた僕は大泣きした事があった。怖くて泣いたんだ。だけど兄さんは厳しい声で「泣くな」と言った。「男なら涙を見せるな」と、教えてくれた。


「僕、今までは凜音ちゃんに沢山守ってもらったけど…」

「いじめっ子の事?そんなの気にしなくていいんだよ?イズナは私より年下なんだから」

思えば僕は、どんな時でも凜音ちゃんの後ろにいた。いじめっ子から守ってくれた時も、僕は何も出来ずにただ隠れていたんだ。



「僕、だから…」

「イズナ?」

「これからは、僕が凜音ちゃんを守りたい。凜音ちゃんと、ずっと一緒に居たいから」

その驚いた顔も、嬉しそうにはにかんだ顔も、僕が守りたい。

「私と、一緒に居てくれるの?」

「うん!ずっと、ずーっと一緒に居たい!」
「えへへ…嬉しいな。ありがとうイズナ」


この時本当は、もっと未来の約束を君にしたかった。僕と君を結び付けるような、ステキな約束をしたかったんだ。

それが切り出せなかったのは、

今、目の前で笑っている凜音ちゃんの笑顔だけで、僕は満たされたからだ。もしこの時、僕が約束を君に話したら…少しは未来が変わったのかな?





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