小説

□お茶漬け
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目の前に出された料理をみて思わずため息をついてしまう。
小さなお椀のなかには、お茶漬けが入っていた。
お茶漬け自体が嫌いなわけではないが、所詮は市販のお湯をかけるだけで簡単にできるものだ。これでは、満足感など満たせはしない。
作った本人は、渋い顔をしている。
「これじゃあ、なんだかなあ、だよ」
「文句言うなよ。めんどくせぇなあ」
渋い顔のまま椅子に腰かける彼自身も、なんだかなあ、の気分なのだろう。
湯気が彼の眼鏡を曇らせた。
「しょうがないだろ。結局、これくらいしかなかったんだから」
二人で家中探し回った結果、食べれるものはこれぐらいだった。
普段料理をしないぶんのつけが回ってきたのだろう。
なにかと便利だったこの世の中、料理なんてできなくても、と思っていた過去の自分の甘さにあきれてしまう。
「まぁ、腹も減ったし食べよーっと」
空腹にはかなわない。
気持ちを切り替え、お椀に手を伸ばした。
ふっとテレビに目を向ければ、タレントたちが「地球最後の日に食べたいもの」といった話題で盛り上がっている。
茶色に髪を染めた人気の若手俳優が爽やかな笑みを浮かべながら「僕は、やっぱり味噌汁かなあ」などと言っている。
「最後の日に食べるもの、ねえ」
目の前に座った友人は、目を細めながらつぶやいた。
「俺だって前までは味噌汁とかさ白ご飯とか、なんつうの?質素?簡素?なものがいいなあ〜なんて思ってたけど」
その言葉に手元のお椀に目を落とした。
気が付いたら残りは半分になっている。
「なんだかなあ、だよ」
「ほら、お前も思ってたんじゃん」
「うるさいなあ。せめてかわいい彼女と一緒、だったらいいのにさ」
「たった数か月しか付き合わなかった彼女よりも、小学校からの付き合いの俺のほうがましじゃねーの?」
先週別れた甲高い声の、やたらとアイラインが長い彼女のことを思い出したらしく、またもや渋い顔をした。
言っておきながら自分も、半年付き合った彼女からの「一緒にいると疲れる」というメッセージを思いだした。
あれ以降何を送っても、返信がくるどころか既読にすらならないことを思うと苦い気分になった。
そういえば彼女は、この若手俳優が好きだったな。
「それで?」
問いかけに疑問符を浮かべると、最後の晩餐なにがいいの、と問いかけられた。
どうやら友人はまだこの話題を続けるつもりらしい。
「やっぱ、ポテトチップスかな。それかハンバーガー。あ、カップラーメンでもいい」
「ジャンキーすぎない?」
「ジャンキー大好き。だってもう健康とか考えなくていいわけよ?どうせならここぞとばかりに食べたいじゃん」
「いやあ、でも後悔しそう」
「後悔するまえに死ぬじゃん」
それもそうか、と納得したようだ。
気難しそうな顔をしているくせに案外流されやすいのは変わらない。
「金持ちはさぁ」
「え?」
「金持ちは、好きなもん食べれるのかな」
「最後の晩餐にってこと?」
「そう。超高級料理、とかさ」
昨日、なにかあるかと思いながら立ち寄ったコンビニを思い出す。
商品棚がすっからかんどころか、レジの店員すらいなかった。
こんな日なのだから誰でも好きなものを食べれるように、と思ってなのか、こんな日に働いたところで、という気持ちなのかは知らないが後者の確立のほうが高そうだ。
レジには、おそらく商品を持ち帰った人が置いてった数枚の札束と小銭が置いてあった。
それもこのコンビニにあったであろう商品の金額を考えると到底足りるものではない。
無人のコンビニでは、お金なんて意味をなさないだろう。
「最後にお金もらったところで使い道ないし、案外金持ちってなんも食べれないんじゃん」
「えーむなしいなあ」
「むなしいんだよ、お金なんて、さ」
「この前、電気止まったやつがよくいうよ」
カカカッと悪役のように笑われた。
ご馳走様、と箸を置く。
つられて自分のお椀を覗くと、空になっていた。
その時、ゴゴっと低い音が外で響いた。
窓に目をやると、赤みを帯びた紫色の空に大きく月が浮いている。
一段と大きくなったようだ。
遠い国では、隕石が落ちたと先日ニュースで流れていた。
今夜こそ、自分たちの住んでるここに落ちてくるのかもしれない。
シェルターに逃げ込んだ人もいるらしいが、逃げたところでどうせ意味はないは分かりきっていた。
「昔、ゲームでさ、滅亡する前の三日間を繰り返して世界を救うゲームがあったんよ」
「あぁ、あれ」
シリーズ化している大人気ゲームを思い出したらしい。
確かあのゲームも月が落ちてきて滅亡していた。
小学生のころにプレイし、なかなか難しくなんども滅亡させてしまった記憶がある。
「あれみたいに、勇者が世界救ってくれればいいのにな」
「人任せだなあ」
「しょうがないだろ、俺は選ばれし勇者になれなかったわけだし」
「選ばれし勇者だったら、世界救っちゃうわけ?」
「うーん。どうだろう、大変そうだし諦めそう」
「頼りない勇者だな。そりゃ選ばれないわけだよ」
お前も選ばれなかっただろ、と軽いパンチをくらう。
選ばれるとしたら悪役だろうな、と軽口をたたきながら空に目をやると、月がギラギラと怪しく光っているように見えた。
「案外、お茶漬けもよかったわ」
「あっさりジャンキーから乗り換えかよ」
「そりゃ一番はジャンキーですけど」
「俺も、お茶漬けでよかった」
彼は呟くように言うと、カカカッと笑った。



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