小説

□カガミ
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細かい気配り。嫌味じゃない程度の賢さ。
絶やさぬ笑顔。長く細い手足。よく手入れされた長い髪。
センスの良い服装。流行りの音楽が流れるイヤホン。ロック画面で微笑む人気俳優。
私は知ってる。これが、正解。
鏡の中の私は、今日も100点満点。
みんな、この人が好きでしょう?
テストで満点をとれば、両親は満足そう。
見た目に気を使えば、恋人は満足そう。
流行りに乗れていれば、友人は満足そう。
だから、私は愛されてる。
大丈夫、ひっそり呟く。だいじょうぶ、今日も。
テストで満点をとれば、弟のように打たれない。
見た目に気を使えば、噂のあの子みたいに寂しくならない。
流行りに乗れていれば、隣の彼みたいに馬鹿にされない。
知ってるのよ。
外れないように、そっと線を描く。
そうしていれば、だいじょうぶ。
大丈夫なはずなのに鏡の中の彼女は不安そうだ。
試しに微笑んでみる。痛々しい。
本当はね、
あれこれ気を使うなんて面倒くさい。勉強なんて好きじゃない。
面白くもないのに阿呆みたいに笑えない。毎晩マッサージが大変。短く切りたい髪の毛。
可愛さのわからないワンピース。ちっとも共感できない歌詞。名前すらあやふやな俳優。
でも、でもそれは不正解。
私は知っている。
不正解は辛い。辛いはずだ。
弟は、今日もギターを掻き鳴らしている。
噂のあの子は、なんでもスマホアプリに夢中らしい。
隣の彼は、ミステリー小説にハマっている。
私のほうが彼らより愛されるのはずだ。
だけど、彼らは全く辛そうじゃない。むしろ、楽しそう。
どうして?
鏡の中の彼女は、今日も100点満点のはず。
一体、誰が採点しているんだっけ。
一体、誰に愛されたいんだっけ。
一瞬、何もかもがどうでもよくなる。
いけない、ダメダメ。正解なんだから大丈夫。
だいじょうぶ、だいじょうぶ?
彼女は、誰かのために微笑んだ。



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