小説

□君の秘密。
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ふと、彼女が笑った。
どうして笑えるんだ。って言おうとして、飲み込んだ。そうか、もう笑うしか無いのか。
俺も、顔に笑顔を貼りつけた。
すると、彼女の顔から笑みが消えて細い腕をこちらに伸ばした。

「千夜子?どうした?」

小さなその手を掴んでやると、嬉しそうな微笑みを浮かべる。
それから、チョイチョイと手招きをした。
それに応じると、彼女は俺の耳に口を寄せた。

「あのね。チヨ、好きな人がいるの」

コッソリと、きっと俺にしか聞こえない声で彼女は言った。
俺が驚きで、耳を離すと彼女はフフッと笑った。

「誰?好きな奴って」
「教えな〜い」

クスクスと笑いながら言った。
長く入院生活を続けている彼女に、いつも間にそんな相手が出来ていたのだろうか。

「千夜子、教えて」
「ダメェ」
「兄ちゃんにも教えてくれないのか」
「お兄ちゃんだから、言えないの」

どういう意味なんだろうか。
クスクスと笑い続けていた彼女は、はぁっと息を吐いた。それは、まだ小学校低学年の少女が見せる表情ではなかった。
こういうところは、誰に似たんだろうか。母親か父親か。はたまた俺か。

「チヨが学校に行けるようになったら、言ってあげるね」

言葉が途切れてしまう。
続けなければ、続けなければ。と考えれば考えるほど、言葉が見つからない。
儚げな笑みを千夜子が浮かべた。
俺がこんなんじゃ、駄目だ。俺は兄貴なんだから。
ゆっくりと息を吸って、吐くと同時に笑みを浮かべる。

「じゃあ。兄ちゃん、楽しみにしてるな」
「…うんッ!!」

久々に、千夜子が満面の笑みを浮かべた。
それだけで、俺は幸せだった。それだけで、胸が一杯なんだ。
どうか、君の秘密が聞けますように。
そっと心の中で呟いた。



end.
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