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□過去最高の誕生日
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ざぁざぁと勢いよく空から降ってくる涙は、まるで自分の心境を現しているようだ。
そんなことぼんやり思いながら、カーテン越しに窓に目を向ける。
外の景色は見れないけれど、土砂降りであることだけはわかった。

「大丈夫?」

「んー…まぁ。ありがと、杏ちゃん」

湯気の立つマグカップを渡され、由梨は顔を上げた。
片手に色違いのマグカップを持つ彼女は、由梨の長年来の友人である。
どこか困ったように、呆れたような表情を浮かべる杏。
由梨は申し訳なさそうにカップを受け取り、ずず、と紅茶をすすった。

「でも、珍しいね。由梨が彼と喧嘩するなんてさ」

由梨の隣に腰を下ろし、愛用のクッションを抱きかかえる杏は苦笑を漏らしながら言葉をかけた。
高校を卒業してすぐに就職した由梨は、既に社会人数年目である。
就職して一年もする頃には彼と半同棲状態で、今では由梨の住まいであったアパートも引き払い、完全に同棲していた。
だから二人のことを知っている杏や彼らの先輩たちは、二人が結婚するまでは秒読みだと勝手に思っていたのだ。
しかしここに来ての大喧嘩は、由梨が家を飛び出してしまうほどのもの。
珍しい、と思うと同時に、かなり心配してしまうのは仕方のないことだろう。
特に杏は、二人が交際する前から由梨のことを応援していたから。

「うん…ちょっと、ね」

「……何かあったの?」

杏の問いに、由梨は少し悩むような素振りを見せて、やがて口を開いた。

「…うるさいお節介、って言われちゃったー」

「あー…」

由梨の言葉に杏は言葉を濁らせる。
安易に想像ができたからだ。
昔から、所謂オカン系女子というか、年の離れた兄妹がいた影響もあって世話焼きの気質があった。
家事が得意で、細かいことにもよく気づき、クラスメイトからのあだ名はお母さん。
…つい妹や弟に対するかのように口うるさくなることもあったし、まったくもう!と言いながら手を出すこともあった。
今回は、その性格が災いしたらしい。

「でもさ、越前君…そういうところもちゃんと理解して付き合ってたわけでしょ?」

「うん…だから、初めてでさ。……ずっと、そう思ってたんだなーって」

あはは、と笑い声を漏らすけれど、杏からすれば無理して笑っているとしか思えない。
杏は眉を寄せ、「由梨…」と名前を呼んだ。

「最近イライラしてたし、口うるさかったのかなー…」

「だからってさー…」

杏は納得できないように眉を寄せて、はぁ、と大きく息を吐いた。
確かにイラついているときに由梨のお節介は少々腹が立つこともある。
まさしく口うるさい母親のようで、つい反抗しそうになるのだ。

「リョーマのためにって、思ったんだけどな。……ただのお節介だったんだよね、結局全部」

由梨はどこか諦めたように、テーブルに頬杖をついた。
自分も仕事をしているけれど、だんだん由梨は彼の世話焼き女房のようになっていた。
朝に弱い彼を起こして、朝ご飯を作って食べさせて、お昼のお弁当を作って、仕事に行って、帰ってすぐに晩ご飯を用意して。
それを毎日毎日続けていたのだ。
由梨のほうが朝早くから仕事が始まることもあり、帰りはいつも彼女のほうが早かった。
だから由梨は帰ってきたリョーマを出迎えて、弁当箱を出すようにだとかジャケットを脱ぐようにだとかつい口にしてしまう。
……それが、彼の──リョーマの癪に障ったらしい。

『いい加減うるさいんだよお節介!』

と。そう、怒鳴られてしまった。


「……もう終わりかなぁ」

「えっ」

ぼそりと呟かれた由梨の言葉に、杏は思わず目を剥く。
その時のことを思い出しているのか、由梨の瞳は潤んでいる。
結局由梨はリョーマのことが大好きで、だからこそ彼のために家事だのなんだので尽くしていたのに。
それが彼の言葉一つですべて否定された気分になって、つい家を飛び出した。

「杏ちゃんも、ごめんね。迷惑かけちゃって…」

「気にしないで。…ねぇ由梨、無理しないでいいから」

「うん、ありがと」

由梨は杏の言葉に眉を寄せながら笑みを浮かべる。
やっぱり、一つ上の親友は本当に頼りになる。
杏は由梨の頭をぐりぐりと撫でた。

「やっぱり、うっとうしかったのかなー」

軽い口調ではあるが、きっと由梨は深く気にしているはずだ。
由梨は昔からこの性格を気にしていたし、付き合う前から相談を受けていた。
だから今回のことで、きっとひどく由梨は傷ついているのだろう。

「…仕事、ここから通っていいよ!どうせならさ、しばらく一緒に住めばいいじゃない」

「……ありがと、杏ちゃん」

由梨の言葉には答えず、杏はふふっと微笑みながら提案した。
確かに家を飛び出した時点で、由梨にはいく場所がないのだから。
確かに実家はそこまで遠くないが、思春期の弟と妹の世話や学費等に追われている両親に、これ以上迷惑はかけたくなかった。

「でも、あんまり杏ちゃんに迷惑かけられないし。……アパート、安いとこでいいから探そうかな」

「えっ」

それは、彼のところには戻らないと言っているようにも聞こえた。
杏は内心冷や汗をダラダラ流していた。

──これは、本格的にマズイ!?

そんな杏の心境など素知らぬ様子で、由梨はどこがいいかなぁ、なんて言いながらスマートフォンをいじりだした。




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