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□聞き飽きた言われ飽きた
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青春学園中等部で男子テニス部として活躍していれば、オレだからこそ言われることがある。
それは、元プロテニスプレイヤーである父さんについてのこと。
手塚先生はあまり気にしていないようだけど、入部当初は随分と絡まれたものだ。
父さんが学生時代の時は、じいちゃんは既に活動をしていなかったからなかなか気づかれなかったらしいけど、あいにくオレと父さんは容姿がよく似ている。
その上父さんは、引退こそしたもののまだ雑誌やらテレビやらで活躍しているから知っている人が多いのだ。
母さん曰く、父さんがいまだに活躍しているのはオレたちを養うためなのだとか。
「なぁ、越前ー!頼む、このとーりっ」
で、今オレはまさしく父さんについてのことで絡まれている。
一応先輩だから無碍(むげ)にはできないけど、正直鬱陶しい。
なぜだか知らないが、レギュラーである先輩たちが父さんに会いたいと言い出したのだ。
そりゃ先輩たちだってテニスをしてるんだし、世界トップレベルだった元プロの父さんに憧れを抱いている人が多いことだって知ってる。
でも、なぜ、今このタイミングで。
「無理っス」
「そういわずにーっ!昨日のテレビ観ただろ!?」
…ああ、そういえば。
昨日、久しぶりに父さんがスポーツ企画を行っている何かのテレビ番組に出ていたのを思い出す。
実際に収録されたのは先月くらいのことだけど、放映されたのは昨日。
視聴率はなかなかに高かったらしく、たった十数分しか出ていないけれどまたファンを増やしたんじゃないかと母さんがぼやいていたのは記憶に新しい。
ただ、残念ながらオレはそのシーンを知らない。
「その時間、父さんとテニスしてたから。観てたのは母さんだけなんで知らないっス」
父さんは自分がでているテレビ番組や雑誌をオレに見られるのを極端にいやがるし、家族そろって父さんの出演番組を見た記憶なんて一度もない。
母さんはただ恥ずかしがってるだけよって笑って言ってるし、録画だってしてるんだから見ようと思えばいつでも見られるけど。
でも、テレビなんかじゃなくって、オレには本物の父さんがいるから、正直絶対に見たいという意欲はない。
「…いいよなぁ、越前は。あんな人と戦えてさ!」
羨ましいぜ、と続ける先輩がよくわからなかった。
羨ましい?父さんとテニスするのが?
「……全然楽しくないし」
父さんとのテニスは、いつからかあまり楽しさを感じることがなくなっていた。
楽しむより先に、気づいてしまったからだ。
父さんは──オレと、一度も、本気でやったことがない、ということに。
もちろんオレが父さんの足元にも及ばないことくらい解ってる。
けど、それでも悔しかった。
「父さんが本気出す人なんて、そうそういないんじゃない?」
オレの知ってる中では、というか母さんに教えてもらった中では、学生時代の先輩とかリョーガ兄ちゃんくらいらしい。
あ、でも時々昔戦ったことがあるらしい現役プロ選手が遊びに来たりすることもあるな。
まあ、たとえギリギリでも父さんが勝つことがほとんどなんだけど。
「…でも、間近で見られるだけすげーよ」
確かに、オレが父さんの子じゃなくて他の家に生まれていたら、父さんと母さんの間に生まれた子を羨ましがるかもしれない。
でも、それは父さんたちのことを知らないから。
父さんはオレに対して本気を出したことなんてないし、父さんが本気を出して戦っているのを間近で見ることができても、その技を習得するなんてまだまだ先の話。
母さんは、いつも言ってる。
「ただお父さんの背中を追いかけるだけじゃダメよ?」って。
強いのは父さんだけじゃないんだからって。
そんなこと言われてもオレの目標は父さんだし、やっぱり父さんよりも強いと思える人なんていない。
"越前プロの息子だなんて…羨ましい"
"いいよなぁ、昔っから教えてもらってんだろ?"
"正直ずりーよ"
そんな言葉、もう言われ飽きた。
親の七光といわれないだけマシかもしれないけど、でもそう思ってる先輩がテニス部の中にいることも事実。
結局、全員が見ているのはオレ自身じゃない。
"越前リョーマの息子である越前リョータ"なんだ。
その事実が、無性に腹立たしかった。
「ただいま…」
「おかえり、リョータ」
部活が終わって帰宅したとき、出迎えてくれたのは父さんだった。
母さんは夕飯の準備中らしい。
ランを抱きあげながら近づいてきた父さんが、オレを見て訝しげに眉を寄せた。
「…何かあったの、リョータ」
父さんは他人への興味は薄い。
(オレもだけど)流行りの芸人とか、芸能人とか、そういった人たちに興味がないのだ。
だからテレビ番組で紹介されるときはクールだとか、生意気だとか、そういった言葉が使われることが多い。
でも、それは違う。
実際は父さんは他人への興味が薄いんじゃなくて──自分が、大事に思ってない人間への興味が薄いんだ。
だから、父さんはたとえ数十メートル離れていようが、母さんとオレの普段との変化にすぐ気がつく。
「別に…」
「リョータ」
ランをおろした父さんが、じっとオレを見つめてきた。
翡翠がまじった黒髪。
オレにもしっかり遺伝している、猫を思わす琥珀色の瞳。
身長もそれなりにあるけど、何より父さんから発せられる威圧感みたいなものに思わず視線を外した。
何とか誤魔化そうとしてみたけど、やっぱりオレじゃ父さんに嘘を吐くなんてできないらしい。
まだまだじゃん、オレ。
視線を外したオレに、父さんがはぁと大きく息を吐いた。
怒っているのか呆れているのか、父さんから視線を外したオレには理解のできないことだ。
でも…もし怒らせたなら、謝らないと。
母さんも不安にさせるし、何より父さんに嫌われるのは嫌だ。
親の七光だなんだと言われようが、オレが父さんを好きなことに変わりはないんだから。
「リョータ、別に無理しなくていい」
「………」
「学校で何か言われたんでしょ?俺のこと」
やっぱり父さんは、母さんとオレについてのことは鋭い。
入学する前から、テニス部に入部する前から、父さんには心配されていたんだ。
父さんについてのことを言われるなんて、今さらだ。
ガキの頃からさんざん言われ続けて、そんな奴らは全員テニスで倒してきた。
ただ、やはり心のどこかでは引きずっているんだ、父さんについてのこと。
「…まだまだだね」
「っ!」
黙りこくったオレに、図星だったと判断したのか父さんが告げる。
思わず顔をあげて、あ…と小さく声を漏らしてしまった。
父さんは小さく笑みを浮かべていたからだ。
そしてそのまま、いつもラケットか母さんに触れている手を、オレに伸ばしてきた。
「何をどう頑張ったって、リョータが俺と由梨の息子であることにかわりはないでしょ」
そう、"越前リョーマの息子である越前リョータ"であるオレは、そう言われても間違えではないのだ。
ただ嫌なだけ。
父さんが嫌とかそういうんじゃなくって、自分の力が認められていない感じがするから。
「言わせたいやつには言わせておけばいい。…もっと自信持ちなよ。リョータは強いんだからさ」
「…でも、オレ父さんに本気出してもらったことない」
「当たり前でしょ。俺からしたら、リョータはまだまだだからね」
「…言ってること矛盾してんじゃん」
強いといっておきながら、まだまだだという父さん。
矛盾はしているけど、きっと父さんの言うことは事実だ。
他人よりは強いけど、父さんより弱い。
たぶんそういうことだと思う。
「とにかく、何を言われても気張る必要ないでしょ。…俺たちは家族なんだから、愚痴ったって弱音吐いたって、誰もリョータを責めないよ」
「………」
背の高い父さんが少し腰を曲げ、オレと視線を合わせるように言う。
ああ、そういえば──…。
父さんについて言われて、ガキだったオレが泣きながら帰って来た時も。
慰めてくれたのは、父さんだったっけ…。
「由梨も心配してるんだよ?リョータが、全部一人で抱え込まないかって」
「…え?」
「俺には昔から由梨がいたから。なにかあったら、じいちゃんばあちゃんの代わりに聞いてくれてた。でもリョータにはそーゆー存在はまだいないでしょ」
父さんと母さんは中学生の頃からの付き合いだ。
一番悩んでいた時期には既に仲が良かったらしく、じいちゃんやばあちゃんに相談するより先に、母さんに愚痴をこぼしていたらしい。
今のオレくらいの時には、父さんにはもう母さんという大切な存在がいたんだ、そういえば。
「…俺が由梨に聞いてもらってたみたいに、今度は俺がリョータの話、聞くよ?」
「…なんで」
オレの言葉に、父さんがくつくつと笑う。
そして、ぐしゃりと母さん譲りの、父さんとは違った色の髪を撫でてきた。
「俺が、リョータの父親だからだよ」
ふっと笑みを浮かべて腰を伸ばした父さん。
もともと大きい父さんが、今まで以上に大きな存在に見えた。
…何やってるんだろ、オレ。
この会話、昔から何回もしてんじゃん。
それこそ飽きるくらい聞いてる。
そのたびに、父さんに話をしようとして──結局話さずじまいで終わるんだ。
父さんは、ずっと待っててくれてるのに。
「ほら、さっさと行くよ。せっかく由梨がご飯作ってくれてるんだから」
「…ん、」
この話は終わり。
そう言わんばかりに話を変えた父さんは、先に行くよと俺に告げてリビングへ戻っていく。
そしてあとは、いつも通り聞き飽きた日常的な会話が戻ってくるのだ。
父さんと母さんが惚気あって、いちゃつき合う、そんな聞き飽きた台詞たちが。
今まで何度も他人の子供だったらと想像したけど、これからは想像することはなさそうだ。
…父さんと、母さんの子供でよかった。
やっぱりオレは、この二人のことが好きだから。
fin.