Book
□アルバム
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今日は先生の都合で部活が急きょ中止になった。
明日はもともと休みとなっていたため、滅多にない二日連続の休日である。
本当は昼ぐらいまで眠る予定だったのに、相変わらずオレは八時過ぎに母さんに叩き起こされて予定は台無しとなった。
…まあ、予定ってほどの予定でもないんだけど。
休日だからといって母さんは二度寝を許してくれないだろうし、そもそもそんなことをしたら父さんが起こるかもしれない。
仕方なくリビングに行けば、今日は珍しくランがはぐはぐとご飯を食べている途中だった。
どうやらランは朝から散歩に出かけていたらしく、つい先ほど戻ってきたらしい。
オレの前にも母さんの作ってくれた朝食が並べられ、いつものように食べ始めた。
「…そうだ、今日はリョータも休みなのよね?」
「んー…。先生に用事ができたらしいから」
そう、久しぶりの連休だ。
オレにとっての土曜日日曜日というのはテニスをするための日といっても過言ではないもの。
けれどつい先日大会を終えたばかりのオレは今日と明日はしっかり休むように言われているためテニスをするつもりはなかった。
といっても父さんに誘われたらやるし、暇になったらラケットを握るんだろうけど。
オレの言葉に嬉しそうに手を合わせる母さん。
父さんも何かあるのかと新聞を畳んで頬杖をつき、母さんに視線を向けていた。
「じゃあ、久しぶりに大掃除しましょう!」
「「…は?」」
母さんの言葉に、珍しく父さんと呆けたような声が重なった。
エプロンをつけたまま腰に手をあてた母さんは「普段は男手がないから、細かいところまで掃除が行き届かないの!」と少しむすっとした様子で説明する。
タンスの下とか、棚の上とか!と力説する母さんだが、正直に言えばそんなに気になるところでもない気がする。
三人と猫一匹が暮らすには十分すぎるほど広いこの家は、隅々までしっかりと母さんの掃除の手がいきわたっているからだ。
父さんもそう思っているのだろう、珍しく母さんの言葉にあまり乗り気ではない。
「ダメ…?」
そのことに気がついたのだろう、母さんはしゅんと肩を落としてじっと父さんを見つめた。
ああダメだ、これは掃除確定フラグだ。
だって父さんが母さんのあの表情での頼みごとを断るはずがないんだから。
「…別に、だめじゃないよ。リョータも手伝ってくれる?」
「……ん」
疑問形ではあるが、父さんからは「当然断らないよね?」というような威圧感も漂っている。
やっぱり父さんは母さんにいろんな意味で頭が上がらないし、オレは父さんに逆らえそうにもない。
渋々頷けば、母さんは両手の平を合わせて「よかった!」と朗らかな笑みを浮かべた。
「母さん、これは?」
「そっちの雑誌と一緒にまとめてくれる?」
「わかった」
いざ掃除を始めると、母さんだけではなく父さんまでやる気を出し始めたらしい。
普段テニスをしているときの格好良い姿とは比べ物にならないほど埃にまみれながら、でも母さんのためにとしっかり片付けを行っていた。
ベッドやタンスや棚やらを退かした床には、母さんが言う通りやはり埃がたまっていた。
それらをすべて取り除けば、次に母さんが目をつけたのは随分とためられている雑誌だ。
オレも父さんもテニスをするからと、内容はほとんどテニス関連のもの。
けれどいざ引っ張り出してみれば、もう全く目を通していない数年前のものまで出てきてしまった。
それをすべてまとめ、ついでに廃品回収に出すらしい。
たまっていた雑誌はみるみるうちに減っていき、残っているのはここ数ヶ月分のものと、父さんが取り上げられているものだけ。
父さんが「捨てるからね、ソレ」といったところで、母さんがまた潤んだ目で「…だめ?」というものだから結局残ったままなのだ。
父さんは大概母さんのことが好きだけど、母さんも大概父さんのことが好きだと思う。
「…?」
いつものようにバカップルよろしくいちゃついた会話をする二人を横目に、残っているものをまとめていく。
父さんの載っている雑誌は正直オレも見たいから、当然だけど捨てるはずもない。
「母さん、これ何?」
次いでオレの指が触れたのは、薄っぺらい紙切れでできた雑誌ではないものだった。
オレの言葉に父さんと母さんがほぼ同時に目を向けてくる。
そして、母さんがきらきらと目を輝かせてソレに手を伸ばした。
「わー、懐かしい!これ、昔の私とお父さんが写ってるアルバムなのよ」
母さんは写真を撮るのが好きだ。
それなりに高いであろうカメラも数台もってるし、何かの記念日があれば事あるごとに写真を撮っていたし。
別に何かがなくっても撮ること自体が好きらしく、よくオレや父さんやランが被写体になっていた。
「昔のって…いつのやつ、それ」
母さんの言葉に訝しげに眉を寄せたのは父さんだ。
昔から母さんに付き合って写真を撮られた記憶はあるものの、自分が写っているものに興味はないのかアルバムのことすらほとんど覚えていなさそうだ。
「付き合い始めてからのものじゃないかなぁ…?あ、でもその前のもあるかも」
クスクスと楽しそうに笑いながら、母さんがアルバムの表紙を開く。
母さんの肩越しに覗いてみれば、そこには確かにまだ幼い頃の父さんと母さんの姿が写っていた。
父さん単体のものもあれば母さん単体のものもあって、二人で写っているものと、他の人たちとともに写っているものもある。
あ、手塚先生。
「もう、リョータって昔のリョーマそっくりね」
「…リョータが俺に似たんでしょ」
確かに学生時代の父さんと今のオレの姿は驚くほど似ていて、この中にオレの写真を混ぜたら、知らない人は気付かないんじゃないかと思うくらいだ。
まあ母さんはオレと昔の父さんの違いくらいわかるんだろうけど。
こういうものを見ていると、やっぱりオレは父さんと母さんの子どもなんだと改めて認識する。
「懐かしいな。…リョータ、これがカルピンと昔のリョーマよ。ほら、ランとそっくりでしょ?」
母さんが指をさしたのは、確かにランと瓜二つの猫と共に眠っている昔の父さんだった。
どうやらこっそり撮っていたものらしく、父さんは「いつの間に…」と呟いている。
まあ母さんのやってることだから怒らないんだろうけど。
「………ってか、父さんも母さんも、昔から自重してなかったわけ?」
数多ある写真の中には、父さんと母さんがキスをしているものや互いに抱きしめ合っているものもある。
二人が写っているということはソレを撮った人がいるというわけで、つまりは人前で平然とそういう行為をしていたことになる。
今でもどこかに出かけるときは手を繋いだり、父さんと母さんは行ってきますのキスとかしてるけど。
…やっぱり、手塚先生の言っていた通りただのバカップルだったらしい。
「……恥ずかしいけどね。お互いの好きがとめられなかったの…」
「それ恥ずかしがってないよね」
ほんの少しだけ頬を赤らめて、母さんは頬に手を添える。
でも言ってる内容は十分すぎるほど恥ずかしいものだ。
「そもそも、リョーマがいけないのよ。平然と人前でキスとかするから、いつの間にか慣れちゃって」
「由梨だって乗り気だったくせによく言うよ。人前でも普通にねだってたじゃん。責任転嫁はよくないんじゃない?」
そもそもの原因は父さんにあるらしい。
でもだからって、それに順応する母さんも母さんだ。
アルバムひとつで、喧嘩するのかと思いきや結局惚気に走っていく二人。
これ以上会話を聞き続ける必要はないなと判断して、まとめていた雑誌をしばるためビニール紐に手を伸ばした。
fin.