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□大事な記念日。
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12月24日。
それは、世間一般ではクリスマスイブと騒がれる日である。
かくいう私も数年前までクリスマスイブだなんだとはしゃぐような人間であった。
が、彼と出会ってからその考えは今はもう星の彼方である。
なぜなら、その日は、私の大切な彼の誕生日だからだ。

私の彼氏は、名を越前リョーマという。
中学、高校と同じ学校である私たちが交際を始めたのは高校生になってからだ。
中学時代は、今思えば友達以上恋人未満であったが、その当時は仲の良い友人だと思っていた。
高校2年生にあがってすぐにリョーマから告白され、交際を始めた。
その時から──正確には友人関係にあった時から──、私の中で12月24日はクリスマスイブではなくリョーマの誕生日だとインプットされている。
初めてリョーマに出会った中学1年生の頃は、リョーマの誕生日を知らなかった。
だから終業式でもあった24日にクリスマスプレゼントを渡し、その時にリョーマから苦笑交じりの愚痴を聞かされたのだ。
"昔から、誕生日とクリスマスって一緒にされてきたんだよね"と。
それは特に何のイベントもない普通の日が誕生日である私には理解できない苦悩。
けれどその時のリョーマはどこか寂しそうで、私はこれから24日は誕生日としてお祝いしようと決めたのだ。

「リョーマ、今日はちゃーんと早く帰ってきてよ?」

「はいはい、わかってるよ」

私の言葉に苦笑を漏らしたリョーマが、「じゃあ、行ってきます」と告げた。
随分と背の高くなったリョーマに向って背伸びをすれば、リョーマはふっと笑みを零してちゅ、と私にキスを落としてきた。

「行ってらっしゃい。気をつけてね!」

リョーマを見送ってから、アパートの扉を閉めた。
高校を卒業した私たちは変わらず交際を続けていて、私は会社の事務係として就職し、リョーマはプロのテニスプレイヤーとして活躍し始めた。
大規模な大会で初登場にして優勝という功績をおさめたリョーマはプロとして認められたらしい。
そんなリョーマと私たちは、今同棲をしている。

「…さて、と」

今日は24日。
つまり、リョーマの誕生日だ。
私は毎年この日は仕事の休みを取り、朝からリョーマの誕生日を祝うために用意をすることに決めていた。
プロとして軌道に乗り始めたリョーマは、たとえ自分の誕生日であろうと練習を休むことはない。
練習はしっかりしてほしい。
リョーマがテニスを大好きなことをよく知っているから。
けれど同時に、誕生日くらいゆっくりしてほしいという気持ちもある。
だから私は、練習を頑張るリョーマのためにも朝から腕によりをかけて誕生日の用意をするのだ。

袖をまくり、エプロンをつけた。
作る料理は随分前から決めていたし、材料もすべて購入してある。
あとは仕込みを始めて、夕飯に間に合えばいいだけだ。
もちろんリョーマに美味しいと言ってもらえるようなものを。
ここ数年で、私は随分料理がうまくなったと思う。
それはリョーマの胃袋を掴むためであり、時間を見つけて料理教室に通ったり、母さんに教わったりして。
今ではリョーマは私以外の手料理を食べようとしない。
私の料理に舌が慣れてしまったらしく、他の料理を食べても美味しいと感じないのだとか。
当初の予定通り、胃袋はがっつり掴めたということだろう。
わざわざ料理教室に通ったかいもあるというものだ。

「よしっ、頑張ろう!」

今私たちが住んでいるのは、家賃は割り勘(といってもリョーマが多めだけど)の安アパートである。
そこのキッチンは非常に狭く、玄関のすぐ横だ。
まともなテーブルもなく、あるのは少し小さめのこたつだけ。
あまり多く作りすぎても食べきれないと困るから、そこまで品数が多いわけではないけれど。
リョーマのためにも、私は時間をかけて精一杯頑張るのだ。




*****************



由梨に見送られて、雨風にさらされボロくなった安アパートを出た。
マフラーで覆っている口元以外に風が突き刺さり、思わず背筋をぶるりと震わせた。
12月も下旬になり、寒さは日に日に増してきた。
今年も残りわずかとなり、きっと今年も俺は由梨と一緒に過ごすんだろうなと苦笑が漏れた。
中学生の頃に初めて由梨に出会い、高校になって付き合い始めた。
俺が由梨に惹かれはじめたのは中学の頃で、実際に告白をしたのは高校2年生だ。
そのとき由梨は「私も好き…」と泣きながら返事をしてくれた。
あれから数年経ち、俺たちは同棲生活を送っている。
同棲を始めて何度目かの俺の誕生日を、きっと由梨はまた多くの手料理で祝ってくれるのだろう。
俺の大好きな由梨の味で。

「さて、と」

実は今日は前々からマネージャーに頼み込んで練習は午前だけにしてもらっている。
最初は渋っていたマネージャーも、どうして俺が早く帰りたがっているのか理由を説明すれば了承してくれた。
今年だけだぞ、と仕方なさそうな笑みと共に。

今日は俺の誕生日だ。
いつもはプレゼントなんてもらわないけど、20歳を超えた今年はプレゼントをもらおうと思う。
…同棲を始めて数年、由梨もそろそろ意識し始めてもおかしくないはずだ。
俺達の、結婚について。
はっきり言えば、俺は由梨と結婚したいと思ってる。
恋人といういつ別れるかわからない中途半端な関係じゃなくて、夫婦という生涯を共にする関係になりたい。
つまり俺は、今年プロポーズしようと考えているのだ。
もし由梨が了承してくれるのなら、すぐにでも婚姻届を提出して戸籍上の夫婦になりたい。
婚約指輪はもう選んであり、今日はそれを実際に購入する日だ。
それから役所に寄って婚姻届をもらいに行く。
俺と由梨の今後がかかっていることだからこそマネージャーは練習を午前で終わらせてくれるのだろう。
今のマネージャーは俺と由梨のことを応援してくれているから。
…さっさと結婚しろと何回言われただろうか。
プロとして軌道に乗り始めた俺には既にファンとやらがいるらしく、たびたびファンレターやプレゼントが届くらしい。
俺はそれの一部にしか目を通していないけれど、マネージャーは何か問題はないかすべてに目を通しているから言えるのだ。
以前届いたとんでもないプレゼントと言えば、記入済みの婚姻届。
実物を見てはいないけれど、マネージャーが神妙な顔つきで「だからさっさと結婚しろ」と続けたのだ。
マネージャーには苦労をかけていると思う。
俺の練習の調整やファンレターとかにまで全部目を通して。
その上俺と由梨の関係まで心配してくれてるんだから。
きっとそれは、マネージャーに結婚したばかりの新妻がいるからだろう。
結婚生活は幸せだぞ、と何度言われたことか。

きっと今日は俺よりもマネージャーの方がそわそわしてるんだろうな、と頭の隅で考えながら愛車のエンジンをかけた。



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