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□第二章の幕開けを
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「…もしリョーマと由梨ちゃんが二人で暮らすとして、お前は由梨ちゃんを守れんのか?」

目を瞑りながら南次郎が問う。
南次郎の中で由梨はもう完全に娘のようなものであった。
ここまで来たなら、リョーマと由梨には行くところまで行ってほしいというのが実のところ南次郎の本音である。

「出来なくても守る。いざとなったら、母さんたちには悪いけど学校辞めて由梨の傍にずっといることだって出来る」

リョーマは南次郎の問いに間髪入れずに答えた。
出来なくても守る、矛盾したような言葉を発するリョーマに南次郎はふっと笑みを漏らした。

「何だそりゃ。我が息子ながらバカだなぁ、青少年」

からかうような口調の南次郎に、リョーマはむっと顔を顰める。
リョーマは本気なのだ。
たとえ自分の命に代えてでも由梨を守りたい、それはリョーマの本音で本気の意志。
ケラケラと笑っていた南次郎はふと笑みを消し、隣を座る倫子に向けられた。

「リョーマの提案、飲んでやらねぇか?母さん」

「なっ…あなたまで何言ってるの!」

南次郎の言葉に、リョーマも倫子も目を見開いた。
思わず椅子を立ちあがってばんっとテーブルを叩く倫子に、南次郎は目を細めて言う。

「リョーマが本気なのはわかってんだろ?このまま反対しても、どうせこいつは由梨ちゃん連れて家飛び出すにきまってる」

「そんなこと…っ」

「由梨ちゃんのためを思うなら、リョーマの案が一番良いんだ。確かに二人で生きていくにはまだ早いが、俺らが手を貸してやりゃ不可能ってわけじゃねぇ」

南次郎に言われ、倫子は下唇を噛みしめて俯く。
やがて肩を震わせながら、倫子は小さく言葉を漏らした。

「わかったわよ。あなたとリョーマがそこまで言うなら……」

それは了承の意。
菜々子はぱっと笑みを咲かせて嬉しそうに手をたたき、リョーマは安堵の息を漏らした。
ここまで倫子が渋ったのは、リョーマと由梨を心配しているからだとリョーマは理解している。
リョーマは無意識に年相応の笑顔を浮かべて倫子に感謝の言葉を述べた。

「…ありがと、母さん。…親父も、菜々子さんも」

倫子にとって苦しい判断だったのだろう。
リョーマの礼に、倫子は堪えていた涙をぽろりと零した。

「じゃ、決定だな。…だがなリョーマ、二人で暮らすといってもそんな簡単なもんじゃねぇぞ?」

「わかってるよ、それくらい」

社会人になってからの同棲生活と、自分で稼ぐことなどできない中学生の同棲生活では、難しさのレベルが違う。
家賃や食費や電気水道ガス代などの生活費に加え、互いを支え合い思い合わなければ生活どころの話ではない。

「金は全部こっちが受け持つ。出世払いだからな、覚えとけよ?」

「最初からそのつもりだってば。…でも、俺の大会の懸賞金とかもあるだろ?」

「ばーか、あれくらいじゃ数ヶ月も持たないっつーの。ああいうのはイザって時のために残しておくもんだ」

リョーマは幼い頃から数多のテニス大会で優勝している。
その懸賞金はそれなりの額になっているはずだが、その管理はすべて両親に任せているため完全に把握しているわけではなかった。

「契約しなきゃなんねぇことも大量にあるし、覚えなきゃなんねぇことも大量にある。…いいか、死ぬ気で全部頭ん中叩き込め」

「…わかった」

南次郎の言葉にリョーマはこくりと頷く。
記憶力に自信があるわけではないが、だからといって自信がないわけでもない。
これもすべて由梨のためだと思えば、リョーマの脳はフル回転を始めるのだ。

二人暮しをする上で必要なことを、南次郎と倫子が代わる代わる説明していく。
菜々子は説明をする二人と、その説明を見たことがないほど真剣そうに聞くリョーマをじっと見つめて小さく笑みを漏らした。

───リョーマさんってば、本当に由梨ちゃんのことが好きなんだから。

菜々子も倫子も南次郎も、胸を張って由梨を好きだと言える。
けれどリョーマの由梨への想いは三人の気持ちでは足元にも及ばないのだろう。

家族愛でも友愛でもない、恋愛という一つの強い感情。
それはリョーマを突き動かす原動力にもなっているらしい。

きっと、リョーマと由梨の二人暮しには様々な困難があるだろう。
けれど同時に、今までリョーマが味わったことのない幸福感を与えるに違いない。
リョーマは由梨といるときは本当に幸せそうな表情を浮かべているから。

───由梨ちゃんのこと守って、二人で幸せになってね。

菜々子にとってリョーマは可愛い弟のようなものだ。
そして由梨は可愛い妹のようなもの。
由梨が今までさんざん苦労して悲しんで寂しい思いをしてきたことは菜々子も知っている。
だから菜々子は、心の底からリョーマと由梨の幸せを望んでいた。

「──わかったか?」

「ん、大丈夫」

ふと気がつけば、南次郎と倫子の説明が終わっていた。
時計に目を向ければあれからもう1時間以上が経過している。

「じゃあ、明日はアパート探すために由梨ちゃん連れて不動産会社行くぞ」

「わかった」

「由梨ちゃん、なんて言うかねぇ」

意地悪そうにニヤニヤと笑みを浮かべる南次郎。
リョーマは眉を寄せ、その言葉には答えずぷいと顔をそらしてしまった。

「じゃあ、リョーマさんもそろそろ寝ないと。明日起きられなくなりますよ?」

クスクスと微笑みながら菜々子がいえば、リョーマは一瞬え、と言葉を漏らして時計を見た。
どうやら時間の経過に気付かなかったらしく、あからさまにヤバイという表情を浮かべる。
リョーマはいつも朝に弱いのだ。

「おやすみなさい、リョーマさん」

「……おやすみ」

リョーマにそう声をかければ、リョーマは返事を返してリビングを後にした。

残された倫子、南次郎、菜々子の3人。

「リョーマさん、成長しましたね」

「そうね。あの子があそこまで誰かを想って行動するなんて…想像したこともなかったわ」

「ま、青少年も恋するお年頃ってわけだな」

笑いながらリョーマの成長を喜び、そして就寝するためにそれぞれがリビングを後にした。



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