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□アクシデントと幕間
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前作→終幕後のアンコール



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外は既に日が昇っていた。
チュンチュンと小鳥のさえずりさえ聞こえるここは実に平和である。
カーテンにより光は遮断されて薄暗い部屋。
そこにはベッドで寝息を立てている少年と、その少年をじっと見つめる少女がいた。
少女と少年は同い年くらいに見えるが、双子でもなければ血縁者でもない。

ピピピピピピ、ピピピピピピピ!

突然、目覚まし時計がけたたましく鳴り始めた。
それを合図にしているのか、少女──神崎由梨は、躊躇うことなく少年の布団に手をかけて剝ぎとった。

「…んぅ、」

少年、越前リョーマが小さく唸り声をあげて先ほどまで身体にかかっていた布団を探す。
由梨は仕方ないと言わんばかりに腰に手を当て、むっと頬を膨らませた。

「リョーマ!もう朝だよ、遅刻するつもりっ!?」

由梨がまるで叫ぶようにそういえば、リョーマは眉を寄せて眠たそうにゆっくり体を起こした。
ふわ、と大きくあくびを漏らしてから由梨に寝惚けているとき限定の子供らしいへにゃりとした笑みを浮かべる。
普段のリョーマはクールだからか口の端で笑うような笑み、優しげな微笑み、悪戯っぽい笑みというものが多い。
だからこの笑みを見れるのは一日に一度、しかも一瞬だけなのだ。

「おはよう、リョーマ」

「ん…おはよ、由梨」

恋人関係になり約1ヶ月。
由梨が越前家に居候を初めて数週間。
すっかり生活に順応した由梨の日課となったのが恋人であるリョーマを起こすことだった。
髪はポニーテールに綺麗に結われており、菜々子や倫子が由梨に似合うからと購入してきた服をしっかり着ているあたり30分以上前には起床しているのだろう。

申し訳ない、とリョーマは思っていた。
けれど同時に有難いとも思うし、何より朝真っ先に聞けるのが愛しい人の声で、朝一に見るのが愛しい彼女ということは何にも変えられないほど嬉しかった。

「もう、本当リョーマのこと起こすのは大変だわ。そろそろ自立た方がいいと思うんだけどな」

口ではそんなことをいいながらも、由梨はリョーマに向けて愛おしげな笑みを浮かべている。
内心は毎日リョーマの顔が見れて嬉しいのだ。
リョーマも由梨の本音を理解しているからか拗ねることもなく口の端で笑う。

「俺一人で起きるようになったら、由梨が寂しがるでしょ?」

クスリと笑みを浮かべたまま由梨の腕を引くリョーマ。
由梨はもう慣れているのか、自らリョーマの腕の中に飛び込んだ。
リョーマは愛しげに由梨の頭を撫で、そっと由梨の頬に手を添えた。

「…やっぱり由梨は可愛いね」

じっと由梨の瞳を見つめた後、リョーマは頬に添えていた手をすっと滑らせた。
顎に手を置き、親指で由梨の下唇を小さく開く。
あ…と小さく声を漏らした由梨は、リョーマの行動に羞恥心を覚えたのかポッと頬を赤く染めた。
可愛い、ともう一度呟いてリョーマは躊躇うことなく由梨の唇に自身の唇を重ねた。

「…ホントはもっとしたいんだけど、時間も無くなるからここまでね」

ちゅ、と音を立てて啄(ついば)むような口付は終わる。
リョーマの言葉に、由梨はもうっと唇をとがらせた。

「着替えるから先行ってて」

「うん」

名残惜しそうに体を離したリョーマは、由梨にそう告げて床に足をおろした。
コクリと頷いた由梨はリョーマを起こすというミッションをこなして満足なのか、はたまたリョーマにキスをされて満足したのかニコリと微笑んでリョーマの部屋を出た。

「……ホント、可愛いやつ」

るんるん、というオノマトペがつきそうな由梨にリョーマは小さく笑みを浮かべて呟いた。

───あの性悪女と血の繋がりがあるって信じられないよね。

性悪女、それはリョーマが嫌悪している由梨の姉のことである。
紗奈という名をもつ姉は、自らの手で墓穴を掘ったことによりほとんどの青学生に嫌われている。
イジメまがいのこともされているが、それでも紗奈はなぜか学校に通っていた。
マゾヒストというわけではないだろうから、おそらくイジメから護ってくれるリョーマ以外の男子テニス部レギュラーを信用しているのだろう。
リョーマを除くレギュラー以外の男子テニス部は、リョーマを含め9割がたが紗奈に対して嫌悪感を抱いていた。
…つい数週間前は、紗奈に好意を寄せていたはずの彼らが。

自業自得だ、とリョーマは思う。
由梨を散々バカにして貶した罪を償っているのだと。
きっと由梨はそれでも姉がイジメられていると知れば悲しむだろう。
リョーマは由梨が悲しむ姿はもう見たくなかった。

───俺が護るよ、由梨…。

パジャマを脱いで制服に腕を通しながら、リョーマは決意する。
カッターシャツの上から学ランを羽織ったリョーマは、自分でも気がつかないうちに小さく笑みを浮かべていた。





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