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□終幕後のアンコール
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午前の授業も終え、リョーマは由梨と倫子が協力して作ったという弁当を教室で食べていた。
今までと味や形が違うものはきっと由梨が苦労して作ってくれたのだろうと思うとそれだけで頬が緩みそうになる。
もちろん弁当を食べているときに微笑むなどリョーマのキャラでないので抑えているが。

「な、越前知ってるか?」

「何が」

今現在、クラスメイトの中でリョーマが今まで通り会話をしているのは堀尾くらいである。
堀尾は由梨の虐めに関与しないどころかそれ自体を知らなかったらしい。
そして他クラスの加藤や水野も同じく弁当をつついて堀尾の言葉を待っている。

「神崎先輩のことだよ。なんか先輩嫌がらせ?みたいなの受けてるらしくってさ。で、親が来るんだってよ」

「え、神崎先輩?まさかー、そんなことないでしょ」

「そうそう、堀尾君の聞き間違いだって」

堀尾の言葉に加藤と水野はあり得ないという。
どうやらこの2人はこの世に虐めというものが存在しないと思っているらしい。
そんな二人の言葉に、堀尾はでもよぉ、と続ける。

「いくら二人でもわかるだろ?…最近、先輩たち皆神崎先輩に対して冷たいことくらい」

一応配慮はしているのだろう、他には聞こえないように声は小さい。
喧騒に満ちている教室内では少々聞き取りづらいが、リョーマは堀尾の言葉を聞いて一瞬箸を止めた。

由梨の虐めには気がつかなかったくせに、由梨よりも程度の低い嫌がらせを受ける紗奈には気づくのか。
リョーマにとってはそのこと自体が腹立たしかった。
きっとその両親は由梨が学校に来ていないことも、家にいないことも気が付いていないのだろう。

「そりゃあ、まぁ…なんか変だなーとは思うけど」

「菊丸先輩も桃ちゃん先輩も変わってないし…気のせいかなって。ねぇ?」

リョーマは何事もないように食事を再開し、由梨が作ったであろう卵焼きを口に含んだ。
ほんのりと口に広がる甘味。
きっと砂糖を入れているのだろう、倫子の作る卵焼きとはまた違う味付けに新鮮味を覚える。

「…越前、聞いてるか?」

「全然」

堀尾の問いに即答で答えれば、堀尾がお前なぁと呆れたような声を出した。
水野と加藤はリョーマ君らしいと苦笑を漏らす。

「……でもよぉ、神崎先輩とうちのクラスの神崎って姉妹だろ?学校来てないこととなんか関係あんのかな?」

何も知らない堀尾の問いに、その声が聞こえたのか一瞬クラスが静まり返る。
早々に弁当を食べ終えたリョーマは空になった弁当箱を片付け始めた。
どう思う?と次いで堀尾に問われるが、リョーマはさぁねと答えて購入していたファンタのタブをあげた。

堀尾達の会話の話題は既に変わっていた。
他愛もない話を聞き流しながら、リョーマは携帯電話を取り出す。
友人に分類されるであろう堀尾達の会話など聞かず自由気ままに行動するリョーマに彼らは慣れているようで、特に話を振られることはなかった。

メールの新規作成画面を開き、リョーマは由梨宛にメールを作成する。
今の時間はおそらく昼食も後片付けも終えたころだろうと踏んでのものだった。

由梨が作ったであろうおかずについての感想を簡単に述べた後、先ほど堀尾に聞いた親が来るという話もメールに書き込む。
すぐに返ってきた内容には、とにかく関わらないようにというものが書かれていた。
由梨ももしもの場合を避けたいのだろうということが安易に想像できる。

「あ、なぁ。あれじゃね?神崎先輩の親って」

堀尾が窓の外を指させば、水野も加藤も見たことがあるのかそうだよきっと、と返事をした。
リョーマは由梨の両親を直接見たことはないが、写真を見せられたことはあるため顔はなんとなく覚えている。
窓の外に目を向けるが、遠目だったためそれが由梨の両親だと確信を持つことはできなかった。

数分してから昼食時間終了のチャイムが鳴り、20分程度の昼休みに入る。
弁当箱を鞄にしまい由梨とメールをしていたリョーマを呼んだのはリョーマの担任教諭だった。

「越前、ちょっといいか?」

「…何スか」

面倒くさそうに溜息を吐き、リョーマは椅子から立ち上がる。
これが先輩であろうが同級生であろうが生徒だったとすれば腰を上げることはなかったかもしれない。

「いや、越前と話がしたいって人がいてな?昼休みの間に話をして欲しいんだ。一応、次の授業の先生には話を通しておいたから」

担任の言い方からすれば、拒否権はないらしい。
リョーマが仕方なさそうに了承の意を唱えれば、担任はその相手が応接室にいると告げた。
応接室と言えば生徒は本来立ち入ることがないため、リョーマは場所こそ知れども中に入ったことはない。
相手が誰だともいわれぬまま、リョーマは重たい足取りで応接室に向かった。




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