Book

□終幕後のアンコール
1ページ/3ページ



前作→終幕のエンドロールを


------------------------------------------



由梨がリョーマ宅に居候を初めておよそ1週間が経過した。
すっかり越前家に慣れた由梨は倫子とは本当の母子のように、菜々子とは本当の姉妹のように仲良くなっていた。
カルピンとも南次郎ともすっかり慣れ、リョーマとしては至極ありがたいとも思える。

あれ以来、由梨の自虐的発言は徐々にではあるが鳴りをひそめて行った。
それだけでも由梨の進歩だとリョーマは思っているし、何より部屋が隣ということですぐに由梨とリョーマは会うことができることが一番良いとリョーマは思う。

由梨はあの日から一度も学校に通っておらず、家の敷地内すら出ていない。
まるで引きこもりのような生活だが、リョーマや南次郎に教わってテニスをしたり家事を手伝ったりしているので倫子たちも何も言わない。
学校に通っていない分暇な時間が増えるので、その時間を勉強に当てていることも知っているからだ。

「じゃ、行ってきまーす」

朝食を食べ終えたリョーマは、朝練に間に合うようにといつも早めに家を出る。
その日もいつものように家を出ようとして、由梨は玄関までそれを見送るためについていく。

「…あのね、リョーマ」

「ん、何?」

1週間も毎日顔を合わせているため、そのうち由梨はリョーマと呼ぶことに羞恥心を感じなくなったらしい。
さらっと出てきた名前に少し嬉しく思いながらリョーマは靴を履いて振り返る。

「…何となくだけど、嫌な予感がするの。気をつけて、早く帰ってきてね?」

「……ん、りょーかい。大丈夫だって、そんな顔しなくても」

倫子も菜々子も南次郎も、二人に気を利かせているのかいつも玄関まで見送りはしない。
少し離れたリビングからは何か物音がするわけでもなく、まるで本当の夫婦のような光景だと錯覚すら覚えるほどだ。
リョーマは由梨の頭をくしゃりと撫でると、行ってきますと告げて由梨の額にキスをした。
未だにキスには慣れないのだろう、由梨は顔を真っ赤にしながら額を押さえた。

「い、行ってらっしゃい…」

やはり初々しさの残る由梨に笑みを漏らし、リョーマは今度こそ家を出た。




******************




リョーマが学校に着いたのは、朝練開始の15分前だった。
本来なら1年生であるリョーマはもっと早く登校しなければならないのだろうが、レギュラーであり朝に弱いことを全員が知っているため黙認されている。
特別扱いはないといっても、多少の融通は利くらしい。

「ちーっす」

コートを除けば、そこにはほとんどの部員がそろっている。
レギュラーたちも平部員たちも挨拶を返したところで、リョーマはウェアに着替えるため部室に向かう。

「ほら、早くしろよ神崎」

途中、由梨の姉である紗奈に対し誰かが文句を言っていたのが聞こえたがリョーマは無視して部室に入った。

───自業自得でしょ。

どうやらリョーマに告白した際に漏らした紗奈の本音を誰かが聞いて言いふらしていたらしい。
その日を境に完璧でありチヤホヤされていた紗奈の立場は一変して冷たくあしらわれるようになったそうだ。
もともと紗奈に興味がないリョーマにとってはどうでもいいことなのだが。
今までと変わらず接しているのは一部のレギュラーだけらしい。
むしろ強くなったのは、妹由梨への同情の声だ。
これで由梨を虐める生徒は誰もいなくなったのだが、リョーマは由梨を学校に通わせるつもりはなかった。
由梨本人が拒絶しているという理由もあるが。

今でもリョーマの元へ近づく生徒は多い。
その理由の大半が、由梨に謝りたいから。
それが本音なのかどうなのかはリョーマに判断はつかないし、どうでもいいとも思う。
由梨を家から出すつもりはないし、誰かに会わせるつもりもない。
リョーマの中の独占欲はとどまることを知らず、こうしている間も徐々に大きくなっていく。

テニスウェアに着替えて部室を出た後、ふとリョーマは由梨の言葉を思い出す。
嫌な予感がする、と由梨は言っていた。
この1週間で由梨の何となくの勘が当てになることは知っていたし、リョーマにとっては多少のひっかかりを覚えるものだった。

───…ま、そのうちわかるか。

その嫌な予感がリョーマにとってのものなのか、由梨にとってのものなのかすらわからない。
ならばその予感の出来事が起きるのを待つしかないだろう。
曖昧すぎるその予感だが、リョーマはとりあえず気をつけるかと愛用の帽子を深くかぶりなおした。




次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ