無題
□理由【10n】
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理由が要る、と思っていた。
感情の出所、行為や事象の発端、世の中のすべてにおいて。
殊更、他人を好きになるとか、何かに命を賭けるとか。
理由がなけりゃできねぇもんだと、サンジは思っていた。
けれど理由があっても、無駄に死ぬのはバカげてると、彼はつい今しがた気が付いた。
(いや、バカげてるんじゃねぇな、馬鹿だ。
そんな死に方をしようとした、てめぇは本物の馬鹿野郎だよ)
何故だか涙があふれてくるのを懸命に堪えながら、サンジは血を吐いて倒れた男を掻き抱く。
「おい、ギン…!」
(おれなんかのために死ぬんじゃねぇよ…!)
クリークの放った毒ガスの霧の中、サンジはギンにただ庇われるだけだった。
動かなかった訳ではなく、動けなかった。
防毒マスクごとサンジを押さえ付けていたギンの力は、まさに馬鹿力だったから。
悔しいことにサンジは、ギンを払いのけるどころか身動きひとつ出来なかったのだ。
(さっきの戦闘はマジで手ェ抜いてやがったな、コイツ)
そうでなければ、サンジは今頃、ギンの得物で骨も肉も粉々に砕かれていたに違いない。
それはともかく、海に潜れば二人とも助かる可能性はあった。
それすら思い付かない程に、ギンは目の前のサンジを助けることしか、頭になかったのだろう。
結果、ギンは街ひとつ潰せる程の毒ガスを大量に吸ったのだ。
並み外れた戦闘能力を持った鬼人といえど、無事では済まないはずだ。
「ギン…!」
現にサンジの腕の中で、ギンは苦しそうに荒い呼吸を繰り返すだけ。
辛うじてまだ意識が有るのは、流石と言ったところだろうか。