忍者のたまご

□傷口を舐めて
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「留三郎、これで何度目かな」
「…すまん」
「いい加減にしなよって何度も言ってるよね?」
「…ああ」

文次郎と喧嘩をして、伊作に手当てしてもらう。既に日常生活の一部と化しているその一連の流れを、今まさに俺はこなしているところだった。文次郎との喧嘩の大半は後から考えれば下らないもので、時には喧嘩をしている間に忘れてしまう程のものだったりする。それを知っている伊作は、喧嘩をする度に、そんな事で傷を作って来るなと怒る。そしてその伊作はと言えば、いつもの如くぶつくさと説教垂れながらも、手際良く包帯を巻いているところだ。

「保健室の薬や包帯は君らだけのものじゃないんだよ?」
「分かってる…」
「いざという時薬が足りなかったらどうするのさ」
「悪かったって!」

まずい、このままじゃあ。何か話題を変えないと、手当てが終わっても伊作の説教を延々と聞く羽目になる。

「し、しかし、伊作手慣れたもんだよな。流石保健委員会委員長、」
「これだけ君らの手当てをしてれば、ね!」
「痛っ…てぇ!」

わざと最後きつく結びやがったな!…でも、自業自得と言われればそれまでだから、あえて口には出さないが。

「じゃあ次そっちの腕出して」
「ん…」

返事もそこそこに、もう片方の腕を伊作の方に差し出す。…もう何も言わない方がいい、黙っておこう。

「こっちは軽い擦り傷だけだね、良かった」
「ああ、」
「このぐらいだったら…」
「ん?」

さっきまで手にしていた消毒薬と傷薬の軟膏が、あいつの横にことんと置かれた音を聞いたかと思ったら、腕に生温い感触とぴりりとした痛みが走る。

「い…っ!、っ」

思わず顔をしかめてしまったから、一瞬伊作が何をしているか分からなかった。

「はい、消毒終わり」
「伊作…今何、」
「傷舐めただけだけど」
「舐めたって…」
「消毒薬と傷薬の節約!そのぐらいの傷、これで十分」

訳も分からず、惚けている俺にぴしゃりと言葉が投げられる。確かに節約とか言われたら、保健室の薬をそこそこの頻度で消費している俺には返す言葉も無いが。でも、

「じゃあ僕は保健室片付けてから戻るから、留三郎先に戻りなよ」
「あ、ああ」
「その後、晩ご飯にしよう?」
「そうだな、じゃあ先に戻ってる」

す、と保健室の扉を開ければ、もう山の端に消えつつある夕陽が差した。もうこんな時間か。今日のB定食はまだ残ってるだろうか、おばちゃんの煮魚は上手いんだよな。

「あ、そうそう。」
「何だ?」
「いい加減にしないと、次は傷薬と間違えて塩か辛子でも塗っちゃうかも知れないな」
「…!」
「文次郎にもそう伝えといてくれる?」

口元はとてつもなく穏やかに微笑んでいるのに、目が全く笑って無い。心なしか、顔に影が落ちている気もする。ああこんな表情もするんだとか感心している場合では無い。その笑顔、怖すぎるぞ伊作。

「…分かった」

普段見ようもない旧友の笑顔―いや、これは笑顔と言って良いのか―に、俺はただ肯定の返事を返す事しか出来なかった。

伊作がさっきまで使っていた傷薬を棚へしまっているのを横目に、俺は一旦部屋へと足を向ける。その僅かな時間、少しだけ文次郎との喧嘩を控えようとか、珍しくそんな事が頭に過ったのだった。


‐終


留さんの手当てをするいさっくんが書きたかった、…んだけど。いさっくんの男前度が気持ち上がった気がしなくもない。

お題拝借≫DOGOD69さま
ありがとうございました!

*2009.5.28


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