忍者のたまご

□染まる白樺
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パチパチと算盤の珠がぶつかる音が静かに響く子の刻。俺たち会計委員会は、前期の予算会議の集計に追われていた。

「三木ヱ門、そっちの帳簿は後どれぐらいだ?」
「もう終わります。後この頁だけです」

はっきりとした口調でそう答える三木ヱ門の目も、もう虚ろで僅かに空を漂っていた。他の下級生三人はと言えば、とっくに音を上げ、鼻っ面から魂が抜け出ている。

「そうか。…切りがいいから今日はこの当たりで切り上げるか」
「え、あ…はい!」

いつもなら絶対言わない様な言葉に、安堵とも歓喜とも取れる声色で返事が返ってくる。
その言葉の発端は、昼間伊作に「君は良いかもしれないけどね、下級生達はまだ体が出来上がっていないんだから、早く休ませて上げなよ。大体君は睡眠の重要性がうんたらかんたら」と、危うく説教されかかったからなのだが。

「潮江先輩終わりました。確認御願いします」
「ん。俺はこの帳簿の確認を済ませてから休む。すまんが三人を部屋まで送って行ってやってくれるか」
「分かりました。おい、起きろ三人共!」

むにゃむにゃと言葉に為らない寝言を発しながら三木ヱ門に引っ張りあげられる三人に、ほら、と退室を促して。

「ではお先に失礼します」
「ああ、良く休めよ」

お辞儀をして、眠気に足元の覚束無い下級生三人を引き連れ出て行く三木ヱ門を少しばかり見送ると、俺はまた机についた。すぐに廊下の向こうから左門そっちじゃない!と三木ヱ門の怒鳴る声がする。あいつはまだ自分の部屋にさえ帰れないのか。左門の方向音痴がなおる日は来るのだろうかなどと考えながら、帳簿の確認を済まそうと愛用の算盤に手を伸ばす。途端、ガシャン!と派手な音を立てて、算盤が手から滑り落ちた。
しまったと思った時にはもう遅かった。落とし処が悪かったんだろうか。算盤の外枠は外れ、珠も幾つか転がり散らばってしまっている。

(くそ…っ)

俺らしくもない。今日で徹夜四日目。いつもならこのぐらいで失態など侵さないものを。予算会議と連日の帳簿集計。六年生になって初めての校外実習。…自分で思っていたよりも疲れていたんだろうか。
頭をガシガシ掻き溜息を付いてみるも、壊れた算盤が元に戻るわけでも無く。仕方なく散らばった算盤の部品を集め風呂敷に包み込み、俺は部屋を後にした。


染まる白樺
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