忍者のたまご

□今だ芽吹かぬ松香華
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『そして白く降り積もる』のちょっとだけ後のお話。


障子越しにさしてくる朝の光に、いつもよりかなり早く目が覚めた。部屋の外に出てみたら、一面真っ白の銀世界で、ああこの光だったんだと一人ごちた。
まだ朝も早いし、寝間着だけで出て来たから空気が身を刺すように寒い。と言うか痛い。部屋に戻ろうとしたら、この角の向こう、少し離れたところから、どさどさという音と同時に、よく知った声が聞こえてきた。
何となく気になって、音のした方を覗くと、雪まみれになった食満先輩と善法寺先輩がお互いに頭やら肩やらに被った雪を払い合っていた。

声は聞こえないが、上から落ちてくる雪から善法寺先輩を助けようとして、食満先輩まで雪を被ってしまったというところだろう、おそらく。いや、確実に。

(今日もあの先輩はやっぱり不運なのか…)

先輩達も部屋に戻るようだったし、(と言うか、何でこんな時間にあんなとこにいたのか、)自分も戻ろうとした瞬間、自分の目を疑うような光景が目に飛び込んでくる。

食満先輩と善法寺先輩の距離が一瞬だけ無くなって。

(え…?)

我に帰ったのは、先輩達がいなくなった後だった。ここでつっ立っていてもどうしようもなく、取り敢えず俺は早足で自分の部屋に向かった。


駆け込むように部屋に入り、慌ただしく障子をしめる。全然たいした距離じゃ無いのに、心臓の音が煩い程聞こえるのは何故なんだ。

食満先輩の善法寺先輩に向ける笑顔が、俺達に向けるものとも先輩の同級生に向けるものとも違う、優しく穏やかなものなのは何となく知っていた。善法寺先輩の食満先輩を治療する手つきが他の人よりも優しい事も、何となく解っていた。
――其れは、長年学園生活を共に送ってきた故の事だと思っていたけれど。

(でもさっきのは、)

さっきのあれは、接吻って言うんじゃないだろうか。事故や偶然には見えなかった。何より、そのあとの二人の表情が全てを物語っている。
て事はつまり、あの二人は友達とか同級生とか、そういう関係ではないという事で。

見てはいけないものを見てしまった。知ってはいけない処に足を踏み入れてしまった。そんな後ろめたさと、何であの時あっちを覗いてしまったのかという後悔で、俺の頭はかつてないぐらいに混乱していた。その証拠に、今だ動機が治まらない。
取り敢えず其れを治めようと、俺は目を閉じて深呼吸をし

「作、何やってんだ?」
「!!?」

そうして平静を取り戻そうとしたのに、其れは同室者の一人によってあっけなく打ち砕かれた。

「な、何!?」
「何はこっちの台詞だって。そんなとこで何やってんだ」

そんなところと言われて、俺は障子の前でへたり込んでいるのに気がついた。しょうがない、部屋に入った時に気が緩んでしまったんだから。

「なぁ、接吻てさ」
「うん?」

―まさかこいつとこんな話しをする日が来るとは思わなかったが。でもそれ以上に、今はとにかく頭の中を整理したかった。

「恋人同士でする事だよな?」
「普通はそうなんじゃねぇ?」
「…だよな」

て事は、やっぱりあれはそういう事で。

「何?接吻したい相手でも出来たわけ?」
「いや、そうじゃねぇ…」

ああ、もう思考回路が爆発しそうだ。

「…俺は作に接吻したいと思うけど」
「………は?」

次屋の言葉を聞いてから内容が理解出来るまで、たっぷり三秒。
だってさっき、接吻は恋人同士でするもんだ、ってお前。

そんな俺を更に混乱させる様な事を言っといて、当の本人はもう一人の同室者に起きろと声を掛けて朝支度をさっさと始めるやがった。俺先に行くな、と声を掛けられても曖昧な返事しか出来ず。

ああ、俺も早く朝支度をしなければ。
でもそれよりも。さっきとは別の熱さを感じてる俺の動悸を、とにかく誰か止めてくれ!


‐終
(根雪の下で春を待つのは、今だ芽吹かぬ松香華)



芽生え始めた恋心!がテーマ(笑)
松香華は「しょうかばな」って読んでくれると嬉しいです。実在しません、私の造語です。富松の恋心的なニュアンスで。

次屋が何か安定しません…精進精進!


*2009.1.26


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