忍者のたまご

□六花に溶けぬその姿
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!『六花に消えたその言葉』の文次郎側


時は子の刻を僅かに回った頃。
今や生活の一部と化している夜の鍛練を、何時もの様にこなしていた時の事だった。走り込みを終えて一息ついた時、視界に夜の闇に映える白いものが映りこんだ。

(雪か…)

別にこの程度の事、鍛練に何の支障もないが、今日は何となく続ける気にならなかった。
何時もよりかなり早い帰宅。縁でどうしようか考えていると、障子越しによくよく知った声がする。

「文次郎、もう帰ってきたのか?今日はずいぶんと早いじゃないか」
「…降ってきた」

敢えて何が、とは言わなかった。
そのままなんの気なしに空を見上げていると、障子の開く音と共に仙蔵が出て来た。そして隣に並んで、同じように空を見上げる。

ふわりふわりとゆっくり降りてくるそれ。横目で仙蔵を見遣ると、雪が一粒、仙蔵の襟足に降りてじわりと溶けた。
たった一粒の雪、こいつは気付いていないのだろう。

白い夜着に白い肌、白い雪。あぁ、こいつは雪の様だと、何故思ってしまったのか。

「寒い、な」

ふるりと体を震わせて腕を擦る仙蔵を、後ろから包むように抱き込む。

「まだ寒いか」
「さっきよりましだ」
「…そうか」

こいつは雪ではない。溶けて無くなったりはしないのだ。ああ、もし雪ならば、俺の体温で溶けてしまうではないか。
そんな思考とは反対に、俺の腕には僅かに力が入る。

「仙蔵」
「なんだ」
「   」
「…知っている」

何時もの俺なら絶対口にしないような言葉が、何故かするりと口から零れ出た。それは、あの雪に溶け入るように消えてしまったけれど。
まだ積もる気配の無い雪を眺めながら、あとほんの少しだけでいいからこのままでいたいと、思いを巡らした。

――鍛練を続ける気など、もう欠片も残っていなかった。


‐終


『六花に消えたその言葉』の文次郎sideのお話。

仙蔵は雪みたいだと思うのです。きんと冷たくても、必ず溶けゆく感じが。名前も、六花=りっか=立花だし。(六花は「ろっか」じゃなくて「りっか」と読みます。)
しかし、やっぱり文次は難しいですね。


*2008.1.23


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