短編集

□Toi et Moi
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 書庫で泣いてしまった。
 その手紙は江戸時代、裕福な商家のお嬢様が下級武士の青年に宛てた恋文。育ちの良さが伺える綺麗な筆跡で、青年に会えない辛い心情を書き綴っていた。

「詩織さん」
 桂君が来る。私は急いで涙を拭く。
「大正十三年の国文学研究論文の目録が」
 ないんですけど、と言いながら近づいて、私が泣いていたのを認めると少し慌てた。
「えっと、大丈夫ですか」
 私は大丈夫、と伝える。軍手をして、その古い手紙を桂君に見せた。これを読んでいたら涙が出たの。
「僕、変体仮名は苦手なんですが」
 みみずみたいな字なんて、と言いつつ、桂君は目をそれなりの速さで上下に動かす。
「そんなこと言っていたら、高校の先生は出来ないんじゃない」
「でも司書ですよ。国語の教科担任じゃないから」
 知っているよ、そのくらい。
 大学での専攻は明治文学で、国語の教員免許と司書資格と学芸員資格を持っていて。私より一つ年下で、私より頭一つ背が高い。私の、好きな人。
 そして来月、四月からここの図書館にはいない。一緒にいられない。
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