短編集

□Toi et Moi
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「嫌いよ、もみじなんて」

つい、とみどりは顔を背ける。背けた先にも、もみじはあるだろうに。
「銀杏も蔦も、紅葉する木は全部嫌い」
僕は車のエンジンをかけた。何だか知らないけれど、こう言って機嫌を損ねたみどりをなだめるには、まず此処を離れないとダメだ。機嫌良くいてくれないと、今日は困る。
ハンドブレーキを下ろして、ギアをローに入れる。
「動くよ」
この車はガクンと動き出すから、動く前には必ず声をかける。みどりは答えないで、キッと広大な紅葉を睨んでいる。
「恐い顔だな」
「何よ」
セカンド、サード、トップ。舗装された道を滑らかに進む。
「春先に来た時はにこにこしてたくせに」
気合を入れて来ただけに、つい愚痴っぽくなる。呟いた声がみどりの耳に届いて、みどりは僕の腕に触れた。
「ねえ」
「何」
長い下り坂。ギアはサードに。邪魔にならないよう、みどりは手を動かす。
「槇は、どうして紅葉するのか知ってるの」
僕は空返事をする。まだ早い時期だし、平日で車は少ないがカーブの多い道だ。少し集中したい。
みどりは助手席に座り直して、前を見た。少し標高が低くなれば、そこはまだ緑の森だ。
みどりはカーステレオのスイッチを入れる。ガシャ、とカセットテープが回り始め、僕の好きなピアニストの陽気なブギウギが、途中から流れ出す。

走りやすい道になる。僕はふうと息を吐いて肩を揺らす。
「はい」
飲みかけのお茶の缶を渡される。僕は腕を交差させて、右手で受け取った。
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