クリニック感謝祭
□紡ぎ桜、重ね紅葉
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「はいはい。わかりましたぁ……。ったく、ホンマに人使いの荒いお方や…」
パタンと携帯を閉じて助手席のシートの上に置くと、煙草を一本取り出し火を点けた。
「あ…しもた。これ禁煙車やった…」
ボクは今、懐かしい町に来ていた。
高校までの18年間をこの町で過ごした。冬になると一面が銀世界に変わる。高い建物なんてほとんどなくて、どこまでも広がる自然の中でボクは育った。
高校卒業後は京都の大学に進学した。大学を卒業し、結局そのまま京都で就職。十数年間のうちにすっかり京訛りが板についた。その辺のネイティブな京都人と見分けがつかんくらいにはなっとると思う。
珍しく出張と思いきや、行先は生まれ育ったこの町。久しぶりに実家に顔を出し、ここでの仕事も終え、飛行機の最終便で羽田に向かう予定やった。東京の本社に顔を出すのも久しぶりや。時間はまだだいぶあるし、空港に行く前にどこかぶらついて土産を買うてもええな。
化粧品を扱う大手企業の京都支社。そこに勤務しとるボクの仕事は、営業兼、企画兼、広報…って何でもやらされとるなぁ…。それにしても、何度行っても本社は気ぃつこてあかんわ。
なんて愚痴っとる場合やない。地元で調達したレンタカーは全車禁煙車。つい癖で煙草に火を点けてしまったボクは、すぐ先のコンビニに車を停めた。
「いや〜危ないとこやったわ〜」
コンビニの吸い殻入れに加えていた煙草の灰を落とすと、再び吸い込む。ゆっくりと吐き出す煙は微かにシトラスの香りがした。匂いが気になるんなら禁煙したらええのかも知れんけど、なかなか縁を切れずに今日に至る。
立ち上る煙をぼんやり見つめながら、変わってしまった街並みに少し寂しさを感じた。
いろんなもんがこうやって変わってゆく。ボクがこの町に住んでた頃はコンビニなんてなかったし、こんなに建物もなかった。
昔の記憶を懐かしみ、もう一度煙草吸い込む。その時ボクの耳にパタパタと走る足音が聞こえた。
「はぁっ…はぁっ……」
コンビニ前のバス停に停車していたバスが走りだし、スーツケースをひいた女がかけ込んできた。停留所の前でバスを見送りながら肩を大きく上下させている。
「もぉ…最悪っ…」
彼女はがっくりと項垂れるとコンビニの入り口に向かって歩きながら携帯を取り出した。
「あ、お疲れ様です。すいません…ちょっとバス逃しちゃって……。大丈夫です。飛行機の搭乗時刻には何とか間に合わせます。はい、じゃあ向こうで」
この子も空港に行くんやなぁ。でもバス逃した言うてたけど大丈夫なんやろか…。
そんなことをぼんやり考えながら2本目の煙草に火を点けた。
彼女はスーツケースをひきながら店内に入っていき、しばらくして飲み物が入っているレジ袋を片手に下げコンビニから出てきた。
「はぁ…」
入り口の脇のベンチに腰掛けるとため息を吐いた。それはほんの一瞬で、彼女はすぐに立ち上がり歩き出す。
ベンチには桜色の携帯が置き去りにされていた。