短編

□手の届かない領域
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夜の病院は嫌いだ。


生まれつき心臓に疾患を抱え、身体の弱いわたしは人生の半分を病院で過ごしている。


それでも毎日訪れる夜に慣れる気配は一向になかった。


だってお化け出そうで怖いんだもの。


そうだ、怖いときは楽しいことを考えよう。


この間一也くんに連れてって貰った水族館、楽しかったな。


初めてイルカを生で見た。


すごくすごく可愛くて、一也くんも笑ってて幸せだったな。


そんな事を考えている内にウトウトし始めたわたしの手を誰かが握った。


あれ、今は真夜中だから誰も来ない筈なのに。


わたしは眠たい目を擦って繋がれた手の先に視線を動かすと、そこには一也くんの姿があった。



「一也くん…?」



「ごめん、起こした?」



「ん、大丈夫」



幼馴染みで彼氏の一也くんがこうして夜な夜な病室を訪れるのは今回が初めてじゃない。


多いときは週に1回、少なくても2週間に1回。


彼はプロ野球生活で疲れてるだろうに、こうして夜中にふらりと訪れる。


勿論、普段だって練習返りに寄ってくれるわたしには出来すぎた彼氏だ。



「寒くない?」



冷たくなった一也くんの手を温めながら笑いかける。


すると一也くんは困ったように笑ってわたしを抱き締めた。


わたしはただ黙って一也くんの背中に手を回す。


わたしにできるのはそれだけなのだ。



「葵」



「ん?」



「好きだ」



「ふふ、わたしも好き」



「愛してる」



「ん、愛してる」



「葵」



「大丈夫だよ、一也くん。わたしは此処にいるよ。一也くんの隣にいるよ。死んだりしないよ」



一也くんがこうして夜な夜な病室を訪れるのは、夢を見るからだ。


わたしが遠くに行ってしまう夢。



わたしはこうして抱き締めて問いかけに答えることしかしない。


いつだか一也くんが、それだけで大丈夫だって言ったから。



「ほら、一也くん。一緒に寝よう?こんな寒い夜中にこんな薄着で来るから身体冷たいよ」



「はっはっはっ、葵に会いたくなったからさ」



「夕方にも会ったじゃん」



「それじゃあ足りない」



「わたしも、足りない」



布団に入ってきた一也くんの冷たい身体を抱き締める。


わたしの大好きな一也くんの香りが肺一杯に満たされた。


ああ、この瞬間が幸せ。



「そう言えばね、一也くんが帰った後先生が言ってたよ。明日の検査結果次第で退院していいって」



「マジ?」



「ん。そしたら毎日一緒に寝れるね」



一也くんの顔が見たくて枕元の電気をつける。


一也くんは嬉しそうに笑っていた。



「なあ、葵」



「何?」



「結婚しよ?」



「へ?」



突然のプロポーズにわたしは間抜けな返事が出る。



「俺ら今年20になるだろ。野球も上手く行ってて葵を養う力だってついた。もう子供じゃない」



「一也くん……でも、わたし迷惑ばかりかけるよ。子供だって、産めない」



「俺は葵が居ればなんだっていいよ。だからさ、結婚しよ」



「ん。わたし結婚したい。一也くんのお嫁さんになりたい」



神様。


わたしは世界一の幸せ者です。


みんなみたいに外で走り回ったりできないけど、神様はわたしに一也くんをくれたから。


だから幸せです。



「明日、おばさんたちに挨拶しなきゃな」



「きっとお母さん喜ぶよ?一也くんが息子になるって」



「おじさんには殴られるかもな」



「お父さんも喜ぶよ。お父さん、いつも素直じゃないから一也くんに冷たいだけだもん」



「そうかな?」



「ん、だってお父さん一也くんの試合録画してまで見るんだから」



「マジ?」



「マジ」




「なら良かった。よし、今日は寝るか」



「ん。一也くん、寝るまでぎゅってしててね」



「はっはっはっ、寝てる間も離さないから安心しろよ」



「ありがとう」



そう言って目をつむると一也くんが電気を消してわたしを抱き締めた。


温かいその温もりに、わたしは幸せな気持ちのまま夢の世界へ落ちていった。





手の届かない領域
(一也くんはいつもそこにいるけど)
(わたしをそこに連れてってくれるから)
(わたしはそれだけで幸せだよ)





2011/12/16
みゆっきいに甘やかされたい(笑)
確かに恋だった様よりお題をお借りしました。

 

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