短編

□いまでもあなたが好きです
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電車の中を彩る、色とりどりの鮮やかな着物の女の子達。


ああ、そっか。


今日は花火大会なのか。


あたしが散々な振られ方をしたあの日からもう1年って事か。


なんて思いながらあたしは携帯を開いた。


今日は取材が1つまだ残ってる。


感傷にひたってる間はないのだ。



「葵さん!」



行かなくては、と駅の改札をくぐるとサングラスを掛けた青年があたしを迎えた。



「御幸くん?」



淡い青の爽やかなシャツに少しだぼついたジーンズを履いた彼は間違いなく御幸くんだ。


これから取材する相手の御幸くんがそこに居たからあたしは驚きの声を上げる。


御幸くんは今をときめく野球界のプリンスだ。


甘いマスクに少し強引なプレー、それから俺様チックな発言。


世の中の女の人はそれにノックアウトされ、彼はプロ1年目にしてアイドル並の人気を誇っている。


今日はそんな彼の取材なんだけど、待ち合わせは駅から少し離れたカフェだった筈だ。



「はっはっは、なんで居るのかって?さっき会社に電話したら佐伯さんが会社出た時間教えてくれたからさ」



成る程、それで逆算してここで待ち伏せしてたのか。


御幸くんにとりあえず笑顔を向けると彼はサングラス越しに笑った。


胸がツキンと痛む。


あたしが未だに忘れられない彼も、よくサングラス越しに笑ってたな。



「行こうか」



腕を引かれてされるがまま歩く。


見た目からは想像もつかないくらい御幸くんの手はマメでごわごわしてて、また胸が痛む。


彼は運動なんて一切しない人だったから、綺麗な手をしてた。


……いつまでも忘れられないなんて、ほんと馬鹿。


すぐ近くに止めてあった高級車に御幸くんが乗り込む。


あたしがぐずぐずしてると彼は運転席から降りてあたしを強引に助手席に乗せた。



「み、御幸くん?」



「今日はもう仕事ないんでしょ?」



「それってもしかして…」



「佐伯さん情報」



「やっぱり」



佐伯部長め、個人情報横流ししてるんじゃないわよ。


心の中で悪態をついてから諦めて鞄からメモとペンを取り出した。


「取材してもいい?」



「いいよ。その代わり、取材終わった後の葵さんの時間俺にちょうだい?」



「は?」



「だってそれが今日の取材受ける条件だもん」



なにそれ聞いてない。


脳裏に佐伯部長のにやけ顔が浮かんでイラッとした。


……今日は1人でいても思い出すだけだし、いっか。


あたしが頷いてメモを捲れば御幸くんは満足そうに笑って車を走らせた。



「んじゃ、まず今シーズンの調子はどうですか?」



「絶好調。負ける気がしません」



「確かに、御幸くんがキャッチャーとして出場してる試合は負けてませんね。その秘訣は?」



「んー、先輩たちの調子を見極めてリードする事っすかね」



「成る程、じゃあ次の質問。御幸くんにはファンがたくさんいますがどう思いますか?」



「ありがたい事です。皆さんの期待に答えるため頑張ります」



胡散臭い笑顔に思ってないでしょ、と言いかけてやめた。



「では次。彼女はいますか?」



「いません。でも好きな人はいます」



「へー、その方はどんな方ですか?」



「いつも笑顔で仕事熱心な人です。おっちょこちょいで、可愛い人。仕事関係で知り合ったんっすけど、中々落ちないんですよ」



「御幸くんに言い寄られて落ちないなんて素敵な人なんですね」



「素敵な人っす。まあ、鈍感なんだろうけど」



「大変ですね。よし、じゃあ取材はこれで終わりね。ってか御幸くんに好きな人がいるっていう記事許可下りるのかしら」



「はっはっは、大丈夫でしょ。多分」



暢気に笑う彼にため息をついて鞄にメモとペンをしまう。


前に目を向ければ花火が打ち上がり始めていた。


夜空に咲く、火の大輪。


綺麗だなあ……。



「葵さんは俺の好きな人気になんないの?」



「まあ、気にはなるかな」



だって記事の美味しいネタだし。



「葵さんだよ」



「はい?」



「だから葵さんだって、俺の好きな人」



「またまた冗談ばっかり」



信号が赤になって車が止まる。



「冗談じゃないよ」



御幸くんを見れば御幸くんは真剣な目をあたしに向けていた。


それは試合の時、彼がホームベースで見せる目と一緒だった。



「あ、あの…あたし「まだ忘れられない?」



「え?」



断りの言葉を遮られた。


御幸くんを見れば、御幸くんはへらりとした顔をしてる。


さっきの真剣な瞳はどこへ行ってしまったのだろうか。



「忘れられない?元カレの事」



「知ってたんだ」



「うん」



長い沈黙が流れて、あたしは小さな笑いを漏らす。



「新聞社に入って、初めて取材したのが彼だった。その頃のあたしは政治・経済部にいてね、彼は小さな会社の社長だったの」



今でも初めて会ったときのトキメキを覚えてる。


友達にも散々止められた。


でも火がついた恋心に歯止めがきかなくて、されるがままあたしは彼に操を捧げた。



「そりゃあ彼があたしを相手にしないなんて解ってた。解ってるつもりだったけどね、去年の花火大会の日ドタキャンされたの」



新しい浴衣を買って、バッチリメイクして、わくわくして。


メール来たとたんがっかりして。



「帰る気にもなれなくて1人でふらふらしてたらね、彼と鉢合わせ」



隣にはあたしなんかお呼びでないくらいの美人。


頭が真っ白になるってのを初めて経験した瞬間だった。



「お前なんか遊びに決まってるだろって。馬鹿だよね、あたし。忘れられない」



どんなに酷いことをされても、あたしは。



「忘れさせてあげるよ」



御幸くんが車を止めて、あたしの肩に手を置いた。


引き寄せられて、抵抗する間もなく咥内を蝕まれる。


目眩が起きそうな長いキスに苦しくなって胸を叩く。



「御幸、くん」



「好きだ。好きだよ、葵さん」



「――――――っごめんね」



「俺、諦めないから」



御幸くんはそう言って笑った。


それはそれは綺麗な笑顔で。




いまでも
あなたが好きです

(ほら、目をつむれば)
(あなたを鮮明に思い出せるくらいに)
(あたしは)





2011/10/25

 

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