短編
□君が愛に逝くなら
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弁は鬼など恐れぬ。葵が何者であろうと弁は葵に傍に居て欲しいのだ!!
思い返せばその台詞が始まりだったように思う。
まるで穢れを知らない幼子がわたしの手を掴んで離さないから。
住み慣れた山奥の里を後にして何百年ぶりに人里に下りた。
わたしは人から疎まれる鬼だ。
首をはねられない限り死なぬし、この姿のまま老いることはない。
この世に生を受けたのは今より遥か昔、この国で人々が朝廷なるものを作り始めた頃のことだ。
たくさんいた鬼の一族も人間たちに迫害され、長い時の中でほとんどが喪われた。
わたしの膝くらいまでしかなかった幼子はいつしかわたしの背丈を軽々と越え、逞しい男に成長した。
そそそそ某と、けけけけけっ、結婚してくださいませ!!葵殿っ。
顔を真っ赤にして、わたしを抱き締めてそういう幸村を何度拒絶したことだろうか。
けれど彼はわたしを諦めることなく、最終的にわたしが折れることになった。
人間と鬼とは違う時間の流れのなかで生きている。
だからこうなることは前々から解っていたのだ。
想定外なのは幸村が普通の人よりも早く逝ってしまうということだけ。
彼は不治の病にかかっていた。
何百年、何千年と生きてきたわたしでも治すことの叶わぬ病だ。
「葵殿、愛しておりまする」
「わたしもお前を、愛してるよ」
痩せ細った手を握って、わたしは小さく笑った。
人間とはどうしてこんなにもか弱き生き物なのだろうか。
「お願いしたいことが、ございまする」
「何だ?わたしに叶えられることならば叶えてしんぜよう」
「某はもうじきにこの世を去りまする」
呟かれた言葉に、手が震えた。
日の輪のように温かいこの男を失ってなお、わたしは生きてゆけるのだろうか。
考えれば考えるほど目の前が真っ暗になってゆくような気がした。
「葵殿はこれから先もずっと、某の居ない未来を生きてゆかれるでしょう。某以外の殿方に恋をするやもしれませ「それはないぞ、幸村」
わたしは幸村の言葉を遮る。
幸村以外にこのように愛しい気持ちを抱く訳など、あるはずがなかった。
「お前以外の人と交わろうなどとは、たとえこの首がはねられることになろうとも決して思わぬ」
ぎゅう、と握る手に力を入れれば幸村が笑った。
ああ、わたしはその笑顔が好きで好きで堪らぬのだ。
「では約束、してくださいませ。某は必ず未来に生まれ変わりまする。その時は再び、我が妻となっていただけないだろうか」
この世には不思議な現象がたくさんある。
幸村が輪廻転生し、未来に再び現れることもあるやもしれぬ。
「ああ、約束いたそう。必ずお前を、幸村だけを待とうではないか」
「安心いたしました」
「ならばよい。ほれ、あまり喋れば身体に障る。休まぬか」
幸村を促せば幸村が素直に横になった。
「葵殿」
「なんだ、幸村」
「某は幸せにございました」
「そうか。わたしも幸せだったぞ。いや、これから先もずっと幸せだ」
そう言って笑みを向けてやれば幸村も笑った。
君が愛に逝くなら
(わたしは愛に生きるよ、幸村)
(この暗い世界をお前に再び逢えることだけを信じて)
(生きてゆくよ)
2011/12/07
連載にしたかったお話。
いつか続き書きます!笑
確かに恋だった様よりお題をお借りしました。