短編
□もしも神様がいるのなら
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どうして葵は、命を削っても歌うのを止めないんだい?
かつて葵にそう聴いたことがある。
すると葵は笑って言ったんだ。
だって歌は私の全てだから。
私から歌を取ったら何も残らないもの。
俺は葵のその笑顔と答えに何も言えなかった。
ほんとは言いたいことはたくさんある。
葵から歌を取っても、何も残らない訳はないとか。
俺のために、入院して治療に専念してほしいとか。
だけど俺は、葵を前にするとその微笑みに阻まれて何も言えなくなるんだ。
「…けほっ、こほっ」
「大丈夫かい?葵」
「ん。平気」
病的なまでに白い腕に浮かぶ、鬱血した注射針の跡。
それは葵が最早食べることもできなくなって、栄養をそこから無理やり補給しているのだという現実を俺に突きつけた。
学園時代から天使の歌声ともてはやされた葵はその愛くるしい容姿と相まって卒業後すぐにブレイクした。
俺は情けないことにその小さな背中を追いかけて追いかけて。
やっと仲間たちと一緒にそこに追いついた。
これからはずっと同じ場所で一緒に居られるね。
そう笑いあった矢先、葵が病気になった。
それは原因不明の奇病とも言える難病で。
段々と人間であることを奪われる病だった。
今葵に残されたのは、その歌声と聴覚と記憶。
葵は神様は優しいね、と歌うのを最後まで許されたことを感謝しているようだった。
けれど俺は思うんだ、葵。
神様がもしもほんとに優しいならば、君を病気になんてしないだろう?
「ねえ、レン」
どんな喧騒の中にいても、耳に届く凛とした葵の華やかな声。
「なんだい、葵」
「私に残されたの時間は少ないけれど、あなたの為に、私の為に、世界中の私の歌で救われるかもしれない誰かの為に、歌うから」
「うん」
「だから聞いていてね」
「勿論さ、葵」
この時ばかりは、葵の目が見えない事に感謝した。
だって俺は多分、凄く酷い顔をしているだろうから。
「じゃあ行ってきます」
「ここで、聞いてるから。行ってらっしゃい、葵」
スポットライトに向けて車椅子で進んでいく葵。
その後ろ姿を見る度、そこが彼女の生きる場所なんだと思う。
きっと葵は、いずれ記憶を失うだろう。
それでもどうか、葵の歌声が、命の灯火が消えるその直前まで消えませんように。
そう祈りながら、葵の歌を聴いて俺は泣いた。
2012/4/18
ひさびさにレン